さっきまでの通り雨が
嘘みたいに綺麗な空。



squall




「もう嫌だ!帰ってきてからずっと厄日だ!」

ウォッカのショットグラスを、ほぼ垂直に傾けて盛大に飲み干し、
空になったそれを、テーブルを叩き割る勢いで戻して、
隣でが、酒臭いため息を吐き出した。

キルヒアイスが、その様子を宥める。

「・・・・まあまあ、落ち着いて、何があったんですか?」



事は、3時間前に遡る。



平時における事務勤務と、先の会戦の残務処理の、
今日のノルマを終えたキルヒアイスが、執務室から出た、午後5時半。
胸のポケットに入れておいた携帯ヴィジホンが、
バイブレーションでその存在を主張した。
このアドレスを知っている者は、数人しか居ないはずで、
着信一位のラインハルトは、今夜諸提督方と会食がある(本人は甚だ嫌がっていたが)。
頭の中で誰何しながらモニタをオンにすると、
度忘れしていた人物のシルエットが、小さなプラズマ画面に表示された。

そうだ、彼女が帰ってきていたのだ。

「はい、キルヒアイスです。・・・・?」

モニタには、まれに見ぬ落ち込み方のが、
画像の明度すら下げてうな垂れていた。

『キルヒアイス・・・・今日、暇?』

「え、はい、まあ。・・・・、どうしたんですか?何かあったんですか?」

『・・・・何も。』

「どう見ても何も無い雰囲気ではないでしょう」

この銀髪の友は、金髪の友に、顔だけでなく、こんな意地っ張りな所までよく似ていて、
両者はお互いに意地っ張りなものだから、限界になったときの弱音や泣き言は、
昔から、全てキルヒアイスが受け止める役目になっていた。
彼らの吐き出すマイナス面を慰めたいと思った事は幾度と無くあったが、
面倒くさいと思ったことは一度も無い。

キルヒアイスと違って彼らは、生きることに不器用なのかもしれない。

「まあ今はいいです、夜に聞きますから。
 この後すぐに出るので、待ってて下さいね、どこにしますか?"海鷲”?」

『!・・・・きょ、今日は別の所にして!いや、しよう!ね!』

「?わかりました、じゃあ・・・・オーシャン坂の"サンズバー"にしましょう?」

『・・・・ありがと、じゃあ待ってる』

「はい、できるだけ早く行きますから」

モニタが暗転して、黒くなった平面にキルヒアイスの顔が半分映った。

見たところ、あの消沈のし様。
何かあったに違いない。
は今日まで休みだったはずだから、休暇の間に何があったのだろう。
こんな時にラインハルトがいてくれたら、一緒に彼女の話も聞けたのに・・・・。

そう考えたキルヒアイスのアテは、見事に外れた。

結果的に、ラインハルトが居なくて良かったのだ。




キルヒアイスが店に着いたとき、奥のベンチソファに座ったの前には、
既にショットグラスが何個か、空になって転がっていた。
車で来なくて良かったと、キルヒアイスは思った。今日は飲まされるだろう。




そして現在、午後8時半。

キルヒアイスの1杯目のタンブラーが半分以上減っても、は口を開こうとしない。




「・・・・、いい加減話したらどうです?
 人に話せば、楽になることってありますよ」

痺れを切らしたキルヒアイスは、左隣で下を向いたに促した。

「ありがとう・・・・うん、やっぱり、話さなきゃいけない」

「何でも聞きますから。ゆっくり話してみて下さい?」

「うん、話さなきゃいけないことは2つあって・・・・まずね、」

立て続けのウォッカとテキーラで、の硝子のように白い肌が、真っ赤に染まっている。
彼女は今日、酔うために飲んでいる。
ほろ酔いというには大分アルコールが回った調子で、
は、土曜の午後に公園で起きた出来事をまず話した。

「・・・・嘘、ついちゃったんだよ、軽い気持ちで。最低、大馬鹿だあたし」

の華奢な両手で握り締めたショットグラスが、小さく揺れた。

「ビッテンフェルト提督ですか・・・・」

「悪気は無かったんだよ、でも、・・・・人、騙すなんて、ほんと最低」

任務の上では、嘘をついたり、騙したり、平気でできるくせに、
は私情の上では、まるで子供のように透明な所がある。
そんなところまで、金髪の友人に良く似ていた。

「・・・・大丈夫ですよ、悪気が無かったのなら尚更、
 もし次に会ったら心から謝れば良いではありませんか」

キルヒアイスの、空気が混じったような優しいトーンのテノールが、
熱を持ったの傷を、穏やかに撫で、冷やしていく。
床から目線を上げたの銀の視線が、キルヒアイスの青い視線と交わった。

「・・・・そう、思う?」

「ええ、きっと大丈夫ですよ。私は提督と直接面識はありませんが、
 副官が知人なので、話を聞いています、おおらかな方だそうですよ?」

「うん、それは、何となくわかるんだけど」

「素直に言えば伝わりますよ」

「うん・・・・」

華奢な手が握り締めるショットグラスが空になった。
の体の為にはもう止めておいた方が良いと思いつつも、キルヒアイスは、
の心の為に、ボトルから少なめに継ぎ足した。

「・・・・あと、もう一つあるんだ、話」

返事はせずに、目線と表情だけで、キルヒアイスは、の扉を柔らかく開く。
その目線を受けて、の銀の瞳が、
さっきまでは自己嫌悪を湛えていたが、急に焦りと、悲しさを訴え始めた。
髪と同じ銀色の睫毛が、かすかに湿り始める。堪える顔だった。

「キルヒアイス、・・・・誰にも言わない?」

「ええ」

「誰にも?・・・・ラインハルトにも?」

「・・・・ええ。誰にも。」

長い関係の3人の間で、秘密を持つのは初めての事だった。

2人とも、激しい後ろ暗さにグラスを持つ指が白く変色した。




「ごめんね、キルヒアイス、・・・・あたし、




ラインハルトに、キス、された。




刹那の、沈黙。




何を言っても殆ど気持ちを崩さず、暖かい目をしていたキルヒアイスが、
一瞬、驚愕と困惑の表情をしたのを、やはりは見つめてしまった。

それを見てしまったが為か、その大きな銀色の瞳から、
限界を超えていた透明な雫が、

溢れ出した。

「ごめんね、キルヒアイス、ごめん、ごめんね・・・・」

「・・・・いえ、ごめんなさい、ちょっと、驚いてしまって・・・・」

「あたし、帰ってこなければ良かった、ごめんね、」

は何も悪くありませんよ、誰も、悪くありません」

砕けてしまった感情は、簡単には収まらない。
嗚咽が止まらないの細い肩に、キルヒアイスがその精悍な左腕を回し、抱き寄せた。
キルヒアイスの質素なシャツの胸元に、の涙が染みていく。
ベンチソファに座った二人の影は、傍から見ると睦まじい恋人のように見えた。

「本当に、ごめん、ごめん・・・・」

普段は饒舌なが、キルヒアイスの胸で、うなされたように「ごめん」を繰返す。
キルヒアイスは何も言わず、また何も言えず、
ただ黙って、の背を撫でていた。

まだ幼い頃、日が暮れるまで泥だらけになって遊んだ3人は、もういなくなってしまったのだろうか。




午後11時。

アルコールと泣き疲れで、眠りと覚醒の間を行ったり来たりし始めたを、
キルヒアイスは抱きかかえて、店を出た。
店は幸い、のホテルの真裏にある。
緩い坂道になった人通りの少ないホテルへの裏路地を歩く。

そういえば、以前もこうやってを抱いて帰ったことがある。
その頃はまだ自分の背も、やラインハルトと今程に差は無く、
華奢なではありながらも、のアパートメントまでの道程に苦労した。
だが今は。

細いの身体を抱き上げて、坂道を歩く自分の、息すら弾んでいない事に、
時の流れを感じた。

ホテルにつくと、さすがにフロントに呼び止められたので、
身分証と、身の潔白を証明して、部屋まで運んだ。
老舗のホテルはセキリュティも固いが、スキャンダルにも口が堅い。
自分はどうにでも大丈夫だが、にはある程度の地位がある。
諜報局の経理部がこのホテルを選んだ事を、キルヒアイスは解ったような気がした。

フロントに借りたカードキーを通し、
羽根を水面に落とすような柔らかさで、をベッドに横たわらせる。
そのままだと寝苦しいだろうから、上着を脱がし、シャツとパンツのボタンを緩めた。

白いシーツに広がった銀の髪が、窓から差し込む月明かりに照らされて、
されるがままのは、まるでガラス細工の人形のようだ。

肌は透き通るように白く、シーツとの境目が細い影になり、
薄く色づいたその小さな唇も、

月が照らして。




ラインハルト様。

私たちは共犯者です。




ベッドの脇に跪いて、キルヒアイスは。




眠るに、ほんの触れるだけの、

口付けをした。




月だけが、それを見ていた。




部屋のドアを閉めるとき、寝返りでもしたのだろうか、
小さくベッドが軋む音と、の声が、判別出来ない何かを呟いたのを聞いた。

明日は月曜日。営内でやラインハルトと出会っても、
普通にしていられる、器用で狡い自分がここにいる。

ただ、あの坂道を抱いて歩いた、の身体の細く暖かい感触は、

いつまでも腕から消えなかった。











〜銀河後書き伝説〜ゴリ押し編〜

今更になって逆ハーという設定の苦さを思い知りました。
女の子視点で描けばモテてモテて困っちゃうな、で甘く終われるかと思いきや、ところがどっこい。
シリアスシリアス、どんどん深みにハマっちんぐ。哀れになってきた。自分が
THE・No.2いいひと、キルヒ。(No.1は余裕でミュラー)かなりイイ男だと言うことに気付いた。
酔っ払って泣き出して酔いつぶれた女を抱きかかえて帰る。いいね、いい。猛者だ

次回からもヒロイン鬼モテの逆ハー方向で突進していきMAX。がんばろ。