パラダイス銀河(2)
音楽は客らの背骨を通して、横隔膜を直撃し、
酒の雨は降りながら気化して、その位置づけを酸素にとって変わる。
アルコールの大気に包み込まれた店内の中心で、
はかなり、ビッテンフェルトは少しだけ、その効果に酔っていた。
とビッテンフェルトは、酒が降り出してから、
ずっと隣り合って、フロアの中心で音に乗っていた。
人がひしめき揺れるその場で、他人と身体の触れ合わぬ方が難しい。
酒びたしで、薄らと透けるの薄いシャツ、白いスカート。
ビッテンフェルトは、ともすれば言うことを聞かなくなりそうな自分の視線を、必死に御す。
何を考えているんだ俺は。せっかく楽しんでいるに、失礼極まりない!
あえて、顔ごとから視線を外し、
しばしば触れ合う体温のみで、の存在を確認していた。
酒は空気になり、さらに頭上からも降り注いではいるが、
そこは酒豪と名を冠したビッテンフェルト。
これくらいは適量にも満たなく、軽いほろ酔い程度だ。
それに隣のは、楽しそうだがかなりアルコールに飲み込まれている様子で、
人ごみの店内、何が起きるか解らない。
何か起きたときに、即座にを守れるように、無意識に自制を働かせる自分が、
アルコールの回転速度を遅延させていた。
曲調が変化し、有名なダンスナンバーを響かせる。
フロアの揺れは天井まで上り、客群の熱は、さらに加速する。
人々の振動が、激しさを増したとき、
突然、隣にいたの体温が消え去った。
とっさにビッテンフェルトは、驚いて周囲を見渡した。
まさか、酔った不埒な輩に連れ去られたのではあるまいか。
俺の見ぬ間に、変な酒でも飲まされたのではあるまいか。
だが、ビッテンフェルトの杞憂は、幸運にも、無駄足に終わった。
加熱した1人の客に、はその細い身体を弾き飛ばされて、
フロアの隅に転がり落ちてしまっていたのだ。
「!・・・・なんだ、心配したぞ!」
店の壁にもたれ、床に座り込むを見つけ、ビッテンフェルトは安堵した。
もさすがに疲れを感じているらしく、
駆け寄るビッテンフェルトに、座ったまま手を振った。
「あはは!楽しい!吹き飛ばされちゃったよ!」
未だは酒と音楽の夢の中にいる。
ビッテンフェルトは、壁に寄りかかるの前にしゃがみこんだ。
「卿、案外酒には弱いんだな」
「ビッテンフェルトは酔ってないの?!体がおかしいんだよそれは!」
「はは!そうかもな」
卿が気になって、酔えないのだ、とは言えなかった。
座り込んだの身体に、薄いシャツとスカートが水分で張り付いている。
薄暗い店内でも解る、解ってしまう、その華奢で白い体。
襟元から細く覗く首には、絹糸のような銀髪が纏わり付き、
スカートからすらりと伸びる脚は、降りかかる霧状の水分で陶器のように光る。
「卿、」
何を言うか、考えもなしに、呼ぶだけ呼んでしまった。
「え?」
が、細く白い指で、顔にかかる銀色の髪を分けようとした。
ビッテンフェルトは不覚にも、その仕草に魅入ってしまい、
避けられなかったのだ。
そのハプニングを。
一瞬、ビッテンフェルトには、何が起こったのか解らなかった。
とん、と音がして、背中に軽い質量を受けたのは解る。
不安定な体勢でしゃがんでいたから、安定を欠いたのだろう。
長めのオレンジの髪が、自分の額に零れ落ちる。
その髪を、骨ばった手でかきあげた時。
際どいくらい至近距離にある、の銀色の瞳。
突然近づきすぎた、との距離に、
ビッテンフェルトの身体も、心も、硬直した。
乗った客が、身体を揺らした時、ビッテンフェルトの背中に当たったのだろう。
不安定な体勢だったビッテンフェルトは、の身体の上に、倒れこんだのだ。
壁と自分の身体で、を挟む形で。
先刻と同じ錯覚が、ビッテンフェルトを襲う。
流れる音楽は、聞こえない。
心臓の音しか、聞こえない。
ありえない程の早鐘を打ち鳴らす、警告音にも似た、その鼓動。
それは一体何を警告しているというのか。
1秒か10秒か、固まったビッテンフェルトを打ち砕いたのは、の声だった。
「っはは!ビッテンフェルトも弾き飛ばされたね!」
雨に似た酒の滴を振りまいて、は笑った。
突然の出来事で、腕が、足が、手が、触れ合うというより密着している。
だが、降り注ぐ雨のせいか、
彼女は未だ、音楽とアルコールの夢を感受している。
そして自分も、それに甘んじている。否、拒むことが出来ないのか。
早く離れれば良いものを。
びしょ濡れになった布地越しに伝わる、腕、足、手、彼女の体温。
できることなら、この温度を、1秒でも長く。
「・・・・はは、俺も酔っているのかな」
彼女に肉迫したまま、誤魔化しに近い回答を返す。
「・・・・あのさ、ビッテンフェルトって、」
彼女の細く白い指が、そのコントラストを見せ付けるように、
ビッテンフェルトの額に落ちるオレンジの髪に、ほんの少し、触れた。
「近くで見ると、意外に若い?」
額にかかったオレンジ色を、少しずつ持ち上げて、髪の流れに添わす。
細い指が、薄く色づいた爪が、ビッテンフェルトの額に、触れそうで触れない。
の長い銀色の睫毛は、酒の滴を珠にして乗せ、
目瞬きの度に、その白い頬に薄く影を残す。
「・・・・し、失敬だな卿は、意外にって何だ」
喉の奥から漸く搾り出したその音声は、自覚できるほど情けない。
心臓が警鐘を打ち鳴らす。その音は身体全体に鳴り響き、
ビッテンフェルトは発声の邪魔をされる。クソ、静まれ、心臓。
白磁のような指が、オレンジ色の最後の一房を摘む。
ビッテンフェルトの視界は、その障害物が無くなり、
の銀色の瞳の中に、自分の影をも見出せる程、鮮明になる。
陶器人形のような彼女の顔。大きな瞳、頬に張り付いた銀糸。
色づいた唇に珠の滴が乗って、話すたびに輝いて、落ちる。
こんな量の酒で、俺は酔ったのか。まさか。
早く離れないと、に失礼だ。腕を、足を、手を、この体勢を。
なぜ、俺の身体は、言うことを聞かない。この鼓動のせいか。
濡れた唇が、滴を落として、動いた。
「ねえ、本当は、何歳なの?」
刹那、
その滴に、唇に、
購うことができなかった。
ビッテンフェルトの唇は、
の唇に、
吸い寄せられていた。
の体温を、その唇で感じたとき、
全身が、心臓になった。
体温を感じるためにしているような、
ほんの、触れるだけの口付けを、2度。
拒否は、されなかった。
だけでなく自分も、今はもう、夢に溺れている。
それは、酒の夢か、音楽の夢か、それとも。
さらに重ねる、5度。
やはりただ、触れるだけ、体温を感じるだけ。
なんだ、俺は。子供じゃあるまいし。
拒まれないならもっと激しくしたいくせに。
心は自らを叱咤しても、
唇は行動に移すことは出来ず、羽根で撫でるような口付けを繰返す。
ただ、右腕だけは無意識のうちにゆっくりと動き、
その骨ばった大きな手で、陶器のような白い頬を、包んだ。
まるで、脆いガラス細工に、恐る恐る触れるかのように。
重なる、唇。
もう何度目だろう。
お互いの濡れた薄い布地を通して、体温が行き交う。
気化熱に温度を奪われて、の皮膚は多少冷たい。寒くはないのだろうか。
俺の体温は平熱も高めで、今も寒くはないから。彼女を暖めてやりたい。
ビッテンフェルトが、少しだけ、
その精悍な身体を、濡れる彼女の身体に、寄せた時。
雨が、止んだ。
『ダンケ!今夜もありがとうみんな!』
酒の雨の、有終の美を飾る、DJの少しハウリング気味のマイク。
店内は緩々と照明を明るく変え、音楽は閉店の曲を流す。曲名は"タイムオーバー"。
熱に酔い、夢に居た人々は、突然の覚醒を余儀なくされる。
止まない雨は無く、覚めない夢も無い。
時間は流れるのだ。例え夢の中であっても。
「・・・・終わっちゃったね、イベント」
覚醒を余儀なくされたのは、目の前の彼女も同じで、
かなり、酔っちゃったみたいだよね、お互い。
少しだけ恥ずかしそうな銀色の視線をビッテンフェルトに向けて、笑った。
「あ・・・・ああ。酔って、しまったな」
もう心臓の音は聞こえなくなっていた。
さっきまでブラックライトだった店内の照明は、
無機質で無情な、蛍光灯に切り替わっている。
ビッテンフェルトは立ち上がって、座るの手を引き上げた。
その細い手首を掴んでも、
口付けを交わした先刻の記憶は、鮮明に像を結ばない。
やはり、夢だったのだ。酒と音楽が見せた夢。きっと彼女もそう思っているだろう。
ちくしょう、何故夢なんだ。
交わした体温も、触れた唇も、
あんなに近く、あんなに永遠だったのに。
ビッテンフェルトの身体からも、の身体からも、
夢の跡を物語る、アルコールの滴が落ちる。
それは、涙に似ていた。
________
時計を見遣るともう時刻は朝方に近かった。
さすがに、水分に透けた服を着せたまま、帰すわけにはいかない。
朝でも不貞の輩は五万といる。襲われたらどうするんだ、この前のように。
と、口では彼女を説き伏せたが、
本当のところ、雫滴るの姿を、人に見せたくなかったのだ。自分以外の。
「そうしたらビッテンフェルトが濡れたまま帰ることになる!風邪をひくから!」
ビッテンフェルトは遠慮するを、半ば強引に更衣室へ連れて行った。
「大丈夫だ、俺は卿とは違う。これくらいでは風邪なんて」
前線勤務は必ず、極寒地訓練を受けるんだ。風邪なんて心配ない。
でも卿は、訓練を受けていないだろ?ここは部下の進言に従っておけ。
やはり極寒地訓練などと言ったのも、口実でしかなかった。
触れていた体の奥が、まだ熱い。冷ます必要がありそうだから。
ビッテンフェルトが貸した服に、渋々着替えたは、
丈も身幅も大いに余らせて、まるで大人の服を着た子供だった。
「くやしい、服着こなすのには多少自信あったのに」
当然だろう。長身のビッテンフェルトでさえ、緩めに着ていたそれを、
華奢で背も足りないに、どう着こなすことができるだろうか。
四方を赤く塗られた、地上への階段を、
とビッテンフェルトは登ってゆく。
外に出ると、空は既にもう薄らと明るく、
早朝らしい澄んで冷えた空気が、酒びたしになっていた二人の肺を満たす。
土曜の朝。時は着実に進んでいる。
あの永遠に似た一瞬の時は、
幻でしかなかったのだろうか。
覚めなければ良かったのに。
の夢も、俺の夢も。
頭では解っていても、ビッテンフェルトの心は、覚めた夢を惜しむ。
だがしかし、ビッテンフェルトの心に添うように、
隣を歩く彼女が、発言した。夢の残りを、匂わせて。
「さっき聞けなかったけど、結局ビッテンフェルトって、何歳なの?」
血液は、沸騰しそうなほど発熱し、
心臓が、耳元で警鐘を打ち鳴らす。
夢から覚めろ、ビッテンフェルト。
でも、ビッテンフェルトの心は、その警鐘を軽々と無視し、ある一つの像を結んだ。
それは、雫の滴る睫毛に彩られた、銀色の瞳だった。
心臓は、未だ全身を駆け巡り、早鐘を響かせる。
夢は、覚めない。
〜銀河後書き伝説〜逆子編〜
うわ、死ぬかと思った。筆遅すぎて。出産で例えると難産だね!初産で逆子、みたいな。
何で難産だったかって、書き終ってから気付いた。ビッテン、好きすぎた。
え?ああ、自己満だよね?うん。知ってる。言いたかっただけ。
クラブの描写は六本木のガスパと新宿のサンプリを参考に。
人生で2回だけ、ビールかけやったことあるんだけど、あれすげえわ。酔う。素で。
経口で飲むわけじゃないのにね、気化してヤバイ酔うんだコレが。
これは酒だったけど、雨の中でチッスする描写は2年くらい前の韓国映画「火山高」を参考に。
夢だよね。人生で1回くらい雨の中でチッスしてみたい。もう無理かな。無理だな。うん。
前回の100%…SOかもね!という頭のおかしいタイトルの文章が、
真昼の爽やか初々しい恋、みたいな描き方になってしまったので、
撹乱の意味もこめて、温度差ができるように、真夜中の酒臭い場所を舞台にしてみたり。
え?全然出来てない?え?下手の考え休むに似た・・・・うっさいわ!知ってるわ!負け試合じゃ!ファールじゃ!
良く考えたら、主人公、フェザーンから帰ってきて、これでやっと1週間だよ?
1週間で5人の男に惚れられて(まだ未遂もいるけど)そのうち3人とチッスこいてんだよ?
すごいな。どんだけ悪女だ。性悪め!うらやましいわ!
毎回毎回ドリ書くときは、男キャラのかっこよさより何より、
読者の皆々様に、どんだけヒロインが嫌われないか、みたいなネガティブマッハで考えてます。
今回のは、悪女だ。まずい、嫌われる。挽回しなきゃ。
次回はいよいよやりたかった出る杭を打つ企画!キャッホウ!やる気!