君たち女の子 僕たち男の子
男の子女の子
日中はあんなにも機嫌よく、燦々と踊っていた太陽も、
3時を過ぎると雲行き怪しくなり、業務終了の5時のベルが鳴った頃には、
春の醍醐味といえば聞こえは良いが、
冷たく気まぐれな雨が、オーディンの空に降り注いだ。
残務が終わらない金髪の親友に、
先に帰っていろと言われたキルヒアイスは、
正面玄関で、用意良く私物の傘を開いたとき、隣に、
雨に戸惑う友達の姿を見つけた。
「、・・・・傘を持っていないんですか?」
薄暗い曇り空と、薄暗い蛍光灯の冷たい二つの光ではあるが、
彼の友、の、透き通る銀髪は、それでも美しい光彩を誇って、
見る者の両目を素通りさせない力を持っている。
「キルヒアイス・・・・やになるよね、この雨。急にさ」
の階級は大将で、傘を持たぬなら、
雨避けのためであろうと私用で公用車をも出せるはずだ。
キルヒアイスは隣で戸惑う上級の友に、それを問うと、
「急の雨で、運転手も人手不足だよ。公用車なんて早いもの勝ちだからね」
どうやら、車の取得競争に負けてしまったらしい。
地方の小さな基地ならまだしも、ここはオーディン本営。
中将以上の提督らの数も、他の基地の比では無い。
式典や行事があって公用車の予約がついているならともかく、
急の雨での私用の発車は、提督同士の形の見えない争奪戦で、
それにあぶれると、例え艦隊の総司令官であろうと、雨に濡れて帰る決まりとなっている。
キルヒアイスは事情を察して、自らの持つその小さな安全圏に、を招待した。
「ホテルまでお送りしますよ。狭い安全圏ですが、寄れば何とかなるでしょう」
は笑って、キルヒアイスの隣、安全圏の恩恵に与った。
普段は明るく、人通りも絶えない大通りも、
この雨となれば、店々のウィンドウが眩しいだけで、
ワイパーを揺らした車の群れが、足早に通り過ぎていくのみだ。
タクシー乗り場は類を見ない人の列。
キルヒアイスが、右隣のの身体を濡らすまいと、
多少左肩が雨に当たっているのに、は気付いて、彼の優しさに苦笑しつつ、
少しだけ、キルヒアイスに近寄った。
傘を持つキルヒアイスの腕が、そしてに触れそうで触れない右半身が、
少しだけ緊張した事には、誰も気付かなかった。
「キルヒアイス、あたしね、ラインハルトと仲直りしたよ」
「・・・・そうですか、良かった」
「うん、やっぱり気まぐれだったみたい。ごめんね、キルヒアイスも、
何か日曜日は巻き込んじゃったし、迷惑かけた」
「いいえ、のかける迷惑なんて予定の内ですから」
「ふふ、何それ!失礼しちゃう!」
雨は勢いを緩めない。
灰色の視界には、車のテールランプだけが赤くぼやけて光る。
「・・・・フェザーンから、トラブルのウィルスでも貰ってきたみたい」
「え?まだ何かあるんですか?」
「うん、トラブルって言う程でも無いかもしれないんだけど・・・・」
は、この幾日かで2人の男性に、デートに誘われた事を話した。
キルヒアイスは、何故か悔しそうな顔をして、それを聞いていた。
「ラインハルトには、怖くて言ってないんだ、怒りそうでしょ。
しかも二人とも、まだよく知らない人だから、受けて良いか悩んでる」
も自分も、今年18になるし、子供ではない。
デートの誘いは、交際と言う前に社交として、考えても良い年齢だ。
キルヒアイスにも、それは充分に理解できた。
だが、キルヒアイスは、自分の心に渦巻く、焦りに似た感情を、説明できない。
ももう大人だ、誰と交流しようと、自分には関係無いはずなのに。
「、」
言うことも決まらぬまま、キルヒアイスが口を開いた時。
水溜りを蹴散らして、
車の1台が、二人の横を走り去る。
小さな津波が、二人を襲った。
だが、濡れたのは、キルヒアイス1人だった。
「・・・・キ、キルヒアイス!だ、大丈夫!?」
キルヒアイスが、身を盾にして、の身体を津波から守ったのだ。
を、ビルの壁と自分の身体で挟むように、
殆ど身体には触れていないが、抱きしめるような形で。
「・・・・レディを守るのは、紳士の役目ですから」
軍服を着たままシャワーを浴びたようなキルヒアイスは、
濡れ鼠の体で、それでもすまして言ったので、
は場違いにも笑ってしまった。
だが、その笑いは、すぐに驚きに変えられた。
「キ・・・・キルヒアイス!?な、何」
抱きしめる形で、を守っていたキルヒアイスが、
腕に力を込め、今度は本当に、
を抱きしめたのだ。
同じ軍服を着ているのに、抱きしめられて解る、その身体の差。
精悍な両腕は、に抵抗を許さず、
背が高く広い胸は、を頭から包み込む。
幼い頃、泥だらけになって遊んだときは、背も身体も殆ど同じだったのに。
キルヒアイスは変わってしまったのだ。は思った。
だがの考えは間違っている。
キルヒアイスは変わったのではない。大人になったのだ。
そしても、大人になった。
背も伸びた。髪も伸びた。豊満ではないが胸も膨らんだ。
14で、初めて月経を向かえたその日、は2人に取り残された気分になった。
みんな、大人になってゆく。
「・・・・」
キルヒアイスが、呼びかける。
抱きしめられたままだったので、にはその表情が読めない。
「・・・・ラインハルト様に、キスされたって言ってましたよね?」
表情が読めないことが不安で、は返答できない。
それでもキルヒアイスは静かな口調で続ける。
「私に、ごめんねって、泣いて、言いましたよね?
日曜の夜。私がをホテルまで送って、は寝ていた」
キルヒアイスは、何を言いたいのか。
その意図が読めない。
「・・・・実は、あの時、私も、
寝ているに、キス、したんです。
心に衝撃が走るを、キルヒアイスはやっと、ゆっくりと手放した。
それでもまだ2人の距離はぎりぎりまで近い。
濡れたキルヒアイスの赤い髪から、雫が数滴、の頬に落ちた。
「キルヒアイス、・・・・何、言ってるの?」
「。私たちは男です」
キルヒアイスの顔が、の顔に近づく。
赤い髪とコントラストが美しい、青い瞳が、銀色の瞳と交わる。
お互いの、鼻先が、少しだけ触れ合う。
「、男と言うのは、
好きじゃなくてもキスできる生き物なんですよ。
最後の何語かは、には聞き取れなかった。
なぜなら。
キルヒアイスの青い目が、一瞬だけ閉じられ、
は、キルヒアイスに口付けられていた。
唇が触れていたのは、ほんの刹那だった。
が突き飛ばすように、キルヒアイスの胸元を叩き出した。
本来ならそんな力ではキルヒアイスに敵うはずは無いが、
キルヒアイスは無抵抗に、の身体と、唇から離れた。
「キルヒ、アイス・・・・何で!」
「・・・・言ったままの意味です」
「普通に言葉で言えば良い!何で・・・・キ、キスなんか!」
の銀色の瞳に、雨とは違う雫が溜まっているのを、
キルヒアイスは無表情で見つめ、の問いには答えなかった。
「、傘はあげます。風邪をひかないようにね」
キルヒアイスは、降りつける雨の中を、を残し、踵を返した。
もう充分びしょ濡れだ。傘なんて無かろうと、たいした変わりは無い。
「・・・・男というのは、好きじゃなくてもキスできる生き物なんです」
そして、好きな人には、キスしたいと思う生き物なんです。
雨に全身冷えているはずなのに、
唇だけが、まだ温かい。
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その日、ラインハルトとしていたはずの夕食の約束を、
は生まれて初めて、仮病で辞退した。
雨に濡れて、風邪を引いてしまったみたい。ごめんね。ラインハルト。
本当に、風邪をひいてしまえば良い。
明日、どんな顔をしてキルヒアイスに、ラインハルトに会えば良いのか。
大きな窓を叩く、夕方の雨は、まだ止まない。
〜銀河後書き伝説〜乱心編〜
やっべ、これ、何だ、キルヒか?キルヒの反乱か!?ご乱心か!?
キャラクターの一人歩きは物書きとして喜ばしいことなんでしょうが、
こいつね、はしゃぎすぎ。やばい。手綱握るどころの話じゃない。私が握られた。手綱を。
ハルトとダブルでいるなら良きツッコみとして名を馳せるんだけど、ピンだとね。もう将軍だ。シリアス将軍。
「男とは〜」「女とは〜」みたいな描写を入れることに2時間ぐらい悩んだ。
ジェンダーフリーの申し子だから。結婚して女が苗字変わることに未だに激昂してるから。
でも割り切ることにしました。17って年齢上、男女差を描写すんのは生物学的に正しい気もすっしね。
この場合キルヒが言ってるのはジェンダーじゃなくセックスだから。良いよね。許してちょんまげ。
そしてやっぱり漁夫の利かよ!
やっばい、彼。美味しいとこどり。全部持ってかれる。ヤリチンロイですら霞む。やばいやばい。
今回で3馬身も抜きん出てしまったキルヒを、次回は牽制せねば。頼むぜ!一人歩きの野郎共!