君はマーメイド!
act.8〜バイバイブルー〜





哨戒機発艦!
ベアトラップ移送軌条へ展開!

長い長い間の、艦長と副長の会議が終わったのは、
もう空の東が薄らと明るくなるような刻限だった。

昨日の夜、仲直りをしたの部屋で、
未来の航空機が飛ぶところを見たいと言っていた草加だったが、
海鳥が物々しい面持ちで、明け方の甲板に出ても、
未だ資料室から、一向に顔を出さないところを見ると、
よほど、未来の資料に熱中しているのかも知れない。
わざわざ呼びに行くのもおかしな気がして、
は轟音を上げる空の下、片桐と共に、
作戦遂行の名誉を授かった2名の航空隊員に、レンズと興味を向けていた。

「森三尉、ぜひ1枚撮らせてください!」

パイロットの佐竹一尉は、別室で角松副長との打ち合わせをしているので、
より画になりそうなその取材は、ベテランであり先輩である、片桐が担当した。
年功序列などと言うような古いしきたりを、も片桐も、特に重んじている訳では無いが、
コンマ1秒を争う報道写真と言う芸術、タイミングが天地を決める談話と言う技術、
少しでも成功率の高そうな記者に、難しい取材を任せるのは当然の常識だ。
よって、は二つ返事で、片桐へ佐竹一尉の取材を譲った。
本当は少しだけ、悔しくもあったが、それは新人の驕りと言うもの。
それに、森三尉の取材が、佐竹一尉の取材に劣るという事は決して無い。

ヘルメットを抱えて、ジャンプスーツを着た森三尉に、
カメラを抱いて駆け寄って、早速記者としての任務を遂行に掛かった。

「あ、さん!嬉しいな、佐竹一尉だけじゃなく、俺にも取材ですか?」

やはり、報道に関しては、ど素人の森三尉も、
佐竹一尉の取材の方が、自分のよりも重要であると、薄々感づいていたらしい。
がカメラを向けると、若者らしい決めた笑顔を見せた。

「すみませんね、わたしが担当しちゃって、ベテラン片桐さんは佐竹一尉に担当なんです。
 あ、どうですか、今の気持ち!やっぱり不安?」

「いやいや、さんが担当で本望ですって!本当に!
 気持ちは・・・・まあ、不安かな、でも佐竹一尉がいるから、怖くは無いです」

話す森三尉に、は5カット6カットと撮影を続けていく。
報道写真は、グラビアやファッションのそれとは違い、
瞬きで目が閉じていたり、表情が曖昧なことがあるので、可能な限り連続してシャッターを切る。

「でも偵察ですからね、いきなり戦闘ってわけでも無いし、
 ガンナーはリラックスが大事です。ちなみにヘリパイは猪突が大事、なんてね」

「それ、だれか個人限定で言ってません?例えば、S竹パイロットとか」

「まさか!個人的思想を述べたまでですよ!
 あ、・・・・このインタビュー佐竹さんに見せます?もしかして」

「もしかしなくても。しかも録音なので証拠バッチリですよ」

「うわ、今の俺の言ったとこ、カットしてくださいよ!冗談冗談!」

森三尉はよく笑う。明るく強気な良い写真が撮れているだろうと、は思った。
が今までしてきた取材の中には、非常に気難しかった人物が、幾人かいる。
例えば小説家だとか、政治家、ハリウッドの俳優、大企業の社長などがそうで、
なかなか笑顔を向けなかったり、始終しかめっ面の事も多々あった。
しかし森三尉は、これからかなり危険な任務に就くにも関わらず、
人の良い、優しそうな笑顔を始終向けてくれている。撮られる事が好きなのかも知れない。

「あ、そろそろ搭乗だ、さん、帰ったら写真下さいね!」

「お話ありがとうございました、ちゃんとプリントしておきますから」

「はは、やった!じゃ、行って来ます!」

ヘルメットを被った森三尉は、軽い足取りで海鳥に乗り込む。
シートに座った後も事あるごとに、に視線と笑顔、それからふざけてピースを向けたりする。
は苦笑しながらも、早朝の空に輝く海鳥と、乗り込んだ若く愛嬌のある青年に、

「プリンタ、フル稼働になるなあ」

もう何度目か解らなくなってしまった、シャッターを切った。

そこでやっと、発艦準備をする海鳥へと、打ち合わせを終えた佐竹一尉が、
角松副長、それから片桐と共に、甲板へと戻ってきた。

「よ、、どうだ、いい顔押さえられたか」

片桐はの隣まで来て、ゆっくりと動き出す海鳥に、旧式のフィルムカメラを向けた。
全機能が手動式の、かなり古いカメラにも関わらず、この薄暗い中で、
それでも片桐は、微動する海鳥の雄姿を美しく切り取れているのだろう。
ベテランとはこう言う事だ。
はデジタル式でなければ、海鳥のシルエットすら、ピントが曖昧になるだろう。

「ええ、良い感じの笑顔押さえておきましたよ」

も、握り締めた最新のデジタル式で、海鳥の姿を追った。



ホールダウンケーブル切り離し!
哨戒機発動機、レッドブースト!

発艦!




海鳥は薄暗い朝の光の中、白く輝く影と、轟音を残し、
未来の翼を、大空に羽ばたかせて、消えた。

、俺、食堂のテレビにパソコン繋ぐわ、お前どうする?」

「じゃあ、これプリント仕掛けたら行きます、ロムの予備、大丈夫ですか」

「ん、まだ残ってる」




片桐は、もう影も見えなくなった、海鳥が飛び立った方向の空を、
一度だけ眺めて、艦内へと戻って行った。
は、たった今撮影した画を、液晶画面に呼び起こす。
敬礼する佐竹一尉、薄暗い空と海鳥、厳しい表情の角松副長。

そして、明るく楽しそうに笑う、森三尉。




この時は、まさか、
これがそのまま遺影になるとは、
予想も出来なかった。

誰にも。




******




昭和の弾丸で負った傷は、平成の医療を持ってしても、
その命を蘇らせる事は、叶わなかった。

満身創痍で帰艦した海鳥を、医療班と整備班が取り囲む。
担架に乗せられて、医務室に運び込まれる森三尉を見て、
いつもは気丈な佐竹一尉が、膝を崩し、その場にしゃがみ込んだ。

締め切られた医務室の前で、片桐は2時間、張り込んでいた。
桃井一尉が、弾ける様な笑顔でドアを開けて、
もう大丈夫、一命は取り留めたわ、安心して、そのうち意識も戻るから。
そう言うのを期待して、否、願って、独り2時間、立ち尽くしていた。

は部屋にこもって、カメラをプリンタに繋いでいた。
発艦直前の森三尉の写真を、現像するために。意識が戻った森三尉に渡すのだ。
医務室のベッドに横たわって、写真を眺めながら森三尉は、
良く撮れているなあ、嬉しいです、これ貰って良いですか、家族に送るから。
そう言うのを期待して、否、願って、独りマウスをクリックしていた。




しかし、片桐の願いも、の願いも、そして乗員全員の願いも。

ゆっくりと開いた医務室の扉から、無言で出てきた桃井一尉の表情で、
片桐は悟った。




全ての願いは、
叶わなかった事に。




「・・・・桃井一尉、俺、に何て言ったら良いんですか」

聞いた片桐に、桃井一尉は沈痛な表情のまま、視線も合わせなかった。

「あいつ今・・・・森三尉に渡す写真を、現像しているんですよ!」

やはり視線は交わらなかった。
報告のために艦長室へと向かう、桃井一尉の背中に、片桐はファインダーを向けた。
大らかで優しく、母のような強さを持った桃井一尉の背中は、
小さなファインダーの中で、更に小さくなったように見えた。




の寝起きする仕官寝室。
ノックをする片桐の手が、数分以上も戸惑った。
部屋の中から、小さく聞きなれた音が響いていたから。

それは、小型のプリンターが写真を吐き出す、電子音だった。




    




〜後書き〜

かいじのどちくしょう。遺影にするつもりは無かったのに。