君はマーメイド!
act.8〜真珠の君〜





開いた扉に振り向いた彼女は、入室してきた人物が草加だと解ると、
無垢な子供のような表情だった顔を、みるみるうちに変貌させて、
先程、資料室で見せた、あの苦い物を食べたような表情に変えた。

「何の、用」

その小さく華奢な全身を使って、解り易く警戒信号を発する。
怒って逆毛を立てた子猫のようだと、草加は思った。

「・・・・先程の事を、謝ろうと思って来たんだ」

草加の脳内には、先刻彼女を怒らせた、一つの単語についての知識が、
この時代への反省と共に、既に豊富に取り揃えられていた。
彼女は未だ、警戒信号を解く事はせず、草加からきっちり3歩の距離を保って、
その大きな瞳で、草加の両目を真っ直ぐに見据えている。
著しく道徳に欠けた発言を、無意識とはいえ軽い気持ちで放ってしまった。
それを酷く嫌悪する彼女の対応も、充分に頷ける。謝るしかないのだ。

草加は小さく半歩だけ前に出て、彼女との距離を2.5歩に縮める。
そして、海軍に倣った一切無駄の無い動きで、深々と90度、頭を下げた。

「済まなかった。先刻の非礼を詫びる」

彼女が何か声を発するまで、そのままの体勢を保った事は、実は計算の内だったけれど。




頭を下げられたまま、1分かそれ以上か、
沈黙した空気に耐えられなくなったらしい彼女は、深いため息と一緒に言葉を出した。

「・・・・もう、頭を上げて下さい、いきなり叩いたわたしも短気すぎたし」

草加が顔を上げると、彼女はあの不快そうな表情から変わり、
不快から笑顔への移り変りを、意地になって我慢しているような顔をしていた。
少しだけ口元が綻んでいるのは、笑顔に近いととって良いのだろうか。

「厳しい1発だった、海大時代の教官にも、あれ程の破壊力を持つ者はいなかったな」

ほんの少しだけ見せている、彼女の笑顔。それは蕾が、咲くか咲かぬかの瀬戸際のようで。
心から笑うと、どれだけ美しい華が咲くのかと、許されついでに冗談を言ってみる。
そして草加の冗談は、蕾の開花に報われた。

「・・・・はは!お褒めに預かって光栄、ちょっと恥ずかしいけど」

開花は、雪に沈む寒牡丹より華やかで、舞い散る桜より、儚く、美しかった。

大きな瞳、白磁のような肌、神秘的な顔立ち、不思議な体つき。
もし世界で一番美しい、新種の華が見つかったとしたら、このような風なのだろうか。
草加は不覚にも、その不思議な輝きを漂わせる瞳に、
暫くの間、視線を絡め取られていた。見つめてしまっていた。

「・・・・わたしの顔、何かついてる?」

顔に何かついているのは草加の方だ。左頬に、未だ消えない赤い痕。

「いや、失礼、何でもない」

問われなかったら、ずっと見続けていたかもしれない。
例えば高名な画家の風景画とか、晴れた日の夕日とか、満開の桜並木とか、
自分を忘れて、呆然と見入ってしまう美しい物というのは、確かに存在する。
未来からきた不思議で美しい艦、そして艦の中にも、一つ。

あ、わたしまだ、名前を言ってませんでしたね、と、
明るく微笑んで教えられた名は。






何だか名前まで、不思議な響きだと思ってしまうのは、少し思い込みすぎだろうか。




******




改めて所属を聞いた草加に、彼女は快く、聞いた事の無い職名を教えてくれた。
従軍ジャーナリスト。

「ジャ、?・・・・journalist、ああ、記者か?」

「草加さん英語の発音綺麗だね、そう、記者です」

ジャーナリストってそういえばカタカナ語だよね、今気がついた、と、
横に座る彼女は、手の中で小さな銀色の機械を操作している。

草加のよく知る戦艦は、士官でも、帆布製のハンモックを寝具としていたが、
この艦の寝具は、2段のベッド。
机と椅子は1つしか無く、そこしか座る所が無かったから、
少しお話して行きませんかと誘われて、どこに座するべきか、悩んだ。
ここは彼女用の寝室であるし、招待を受けた立場ならベッドに座るべきだ。
しかし、彼女は既にベッドの隅に腰掛けている。かといって勝手に椅子に座るのは無礼だ。
深く考えないようにしながら、彼女の隣、ほんの20センチの距離を置いて着座した。

入室したときは、きっちり3歩あった彼女との距離。
今は、たった20センチしか離れていない。
急激に近づいた彼女からは、ほのかに何か、花のような石鹸のような、良いにおいがした。
草加の知る女性によくある、口紅や白粉の香りでは無く、初めて知る香りだった。

「こんな事を言うと、また失礼に当たるかも知れないが、
 ・・・・さん、何だか良いにおいがするな。未来の女は皆そうか?」

「え?いや、別に失礼では無いけど・・・・何だろう、今何もつけてないのに」

「花か石鹸に似た香りだ」

「石鹸・・・・あ!きっとトリートメントだ、新しいの持ってきたんだけど、けっこう良い香りだった」

「・・・・ト、?」

「そっか、トリートメントは無い?髪専用の美容液みたいなもの、みんな持ってるよ」

「そんなものがあるのか」

新たな知識に興味深く頷く草加に、もし良かったら貸しましょうか、と彼女は笑った。
使ってみたいとも思うが、この短い髪に美容液も無いので、遠慮する。
それを使うと彼女のように、艶々して不思議な髪の色にでもなるのだろうか。

そこで漸く彼女は、手の中の小さな銀色の機械の、操作を終えた。
小さく細い彼女の掌に、完全に収まる大きさのそれは、
表側に短い英語の文字と、裏側に黒い四角といくつかのボタンがついている。
それは何かと草加が問う前に、彼女は裏側のボタンの1つを押した。

耳を澄まさなければ聞こえない程の、小さな機械音。
突然、裏側の黒い四角が、青色に光って、表側の文字のついた部分が自動でスライドした。

「やった、治った」

嬉しそうに、彼女はその銀色の機械を顔の前に構える。その構え方で解った。
まさかこの小さすぎる機械は。
写真機なのだろうか。

草加が呆気に取られていると、彼女はその写真機らしい銀色を、草加の顔に向けて構える。
1秒の後、また機械音がして、銀色の向こうに、嬉しそうな彼女の顔が見えた。

さん、それは・・・・写真機か?なんて小さい」

「ん?うん、そう。キャノンの新機種でね、たぶん、世界最小」

未来の世界最小機は、彼女の手の中にすっぽりと納まり、シンプルな銀色だ。

「ああ、良かった、液晶割れたかと思ったけど、メモリーのエラーだったみたい」

彼女の言っている事の、3分の2以上理解できないが、
とにかく写真機の故障が治ったのだろう、辛うじてそれだけは、彼女の明るい表情で解った。

「・・・・未来の物は、本当に、興味深いな」

それは物だけでなく、人にも言えることだ。
特に、目の前の、真珠のような笑顔を見せる人物に関しては。




他にも見せて貰っても良いだろうか、何か未来のものを。

良いですよ、あ、でも何が良いのかな、携帯は・・・・電波無いし、パソコンは資料室にもあったし。

何でも良いんだ、21世紀に、触れてみたい。

ええと・・・・ああそうだ、じゃあ、ちょっと待ってください、確か持って来たはずだから。

・・・・それはさんの鞄か?3つとも?

え?・・・・ああ、うん、そっちの2つはカメラバッグ、こっちが私物。

そうか、記者だから。

あ、ありました!未来のもの、こんなものしか今は無いけど。

・・・・未来の機械は、一様にして小さいな、それに簡素だ。これは?

こっちは本体、こっちは耳にかけるんです。フックみたいになってるでしょ。

耳に?

音、大きすぎないかな、わたし片方つけますね。

・・・・!!!音楽が・・・・レコードか?

レコードみたいに盤じゃなくソフトにデータを記憶するの、アイポッド、これはミニの方。

・・・・。

今かかってるのはビルボード系の上位曲、好きなんですよ、洋楽。

・・・・あなたの言っている事は殆ど解らないが・・・・未来の音楽は、何だか、少し、騒がしいな。

はは、わたしも何て説明すれば良いか解らないんですよ。騒がしいですか?

ああ、こういうのが流行しているのか?・・・・良さがよく解らない。

今のポップスは煩いかな、じゃあ・・・・こっちは?この曲。

・・・・。




掌に収まるどころか、握りつぶしてしまえそうな、小さすぎる機械を、
指先で器用に操作して、彼女は耳元で響く曲調を変えた。
音こそ小さいものの、わいわいと騒々しく感じられる女の声の曲から、
次は、ゆっくりと静かな、一人の男の声の曲に変わった。

「戦後、世界的に有名になるグループの曲。平和とか、平等とかを歌うの」

歌詞は英語だが、草加にもその内容は聞き取れる。
Imagine all the people
Sharing all the world

「ビートルズって、グループ」

「・・・・何と言う、題だ?」

横を向くと、機械の片方を耳にかけた彼女と目が合った。

「曲名はね、」




英語の題を言った、彼女の発音は、米国人のように流暢だった。
英語の題を優しく教えた、彼女の薄く彩られた唇の中に、
真珠より白い、白い歯が、少しだけ見えた。




イマジン。




    




〜後書き、グローバルスタンダードだね〜

どの辺が?というツッコみは断固拒否する。もう後書きパロるのいっぱいいっぱいさ。名台詞とかでお茶を濁すさ

海軍は陸軍空軍に比べて、英語の発音や用法に厳しかったと聞いたので。そんなエッセンスを草加に加えました。
英語の発音美しい人って無意味に惚れるよね。あのペ様ですら惚れた。元気ハツラツ?オフコーァスて。やべ、カッコいい!
トリートメントは苦肉の策。シャンプーは昭和初期からあったもんね。女性専用だけど。トリートメントならねえべ!
あれ?まさかある?やべ、また地雷にタッチダウンしやがったか害虫!マジな時代考証も断固拒否。いいじゃん非営利二次創作だし。逃げ。
関係無いけどハンモックじゃん!クラスヘッドじゃん!石原良純じゃん!早く出してえっつの。でもまだ原作だと2巻だっつの。

キャノンイクシーデジタルだのアイポッドミニだの、最新鋭の文明の利器をごっそり所有しているらしいヒロインですが。
この二次創作、原作よりちょっと未来の時間軸で書いてるから。あれ?原作みっちりリンクじゃねえの?ごめんなさい。
いいじゃん!原作だって200×年ってなってるし!
200年だろうと200年だろうと自由にしろというかいじおじちゃんの優しさに甘えます。

イマジンのほうは原作意識。ここからどこまで原作リンクして草加のハートに真珠の君を寄生させられるかが、勝負です。
あーやだな、次森死ぬじゃん。書きたくないな。つか他の漫画に比べてジパは時間進行がかなり厳しいよ。
かいじおじちゃんは爛れた視線で草加や菊池を蹂躙されたくないんですね、二次創作は否定派ですか、くらい厳しい。
草加、みらい艦内にいる時間1日足らずしか無いんだよ?どうイチャイチャさせろっちゅーねん1日で。もっと余裕持てかいじ。