君はマーメイド!
act.6〜おはようシーラカンス〜
ノートパソコンのモニタに映し出された、煙を上げる艦影と機影は、
湾岸戦争でもなく、チェチェン内紛でもなく、イラク戦争でもない。
1942年6月5日、ミッドウェー海戦の画像だ。
表示された画像プロパティの、日付を表す数字の羅列が、
21世紀の6月5日を表示している事が、不思議に思えるほどに、
望遠レンズで撮られたそれは、鮮明だった。
「我ながらイイ絵だねこりゃあ、デスクに文句を言わせない自信作だ」
食堂の椅子に座ってパソコンを操作するが、
その後ろに立ってモニタを覗き込み、自画自賛した俺に、
少しだけ寂しそうな笑顔を送った。
お互いが記者である自信と、記者が身を寄せるデスクがここには無い寂寥の、
綯い交ぜになった曖昧な表情だった。
「今度はわたしが出遅れましたね、艦橋に居たから撮り逃しました」
「ジャーナリストは運も実力だろ、まあ経験の差かなこの辺は」
「若さ溢れる新人を妬んでいるんですか、大人気無い」
俺の軽口に相応の応酬を返して、は今度は自分のカメラをパソコンに繋いだ。
それは四角い液晶モニタに、絶妙な構図とアングルを切り取っている。
は、取材力も相当にあるが、それ以上に写真のセンスもあると俺は思う。悔しい事に。
ウィンドウが何枚か重ねられて、
不安そうな顔で集まる科員たちと、意見をぶつけ合う幹部、一人だけ静かな表情の艦長が、
今朝の艦橋の様子を、手に取るように鮮明に伝える。
「・・・・やっぱ上手いよお前、その辺のガキカメとセンスが違う」
「はは、珍しく褒められると照れますね、ありがとうございます」
ディスクに画像データを移しながら、は今度はしっかりと笑った。
艦は進路を西に変え、空は海と殆ど同じ色を彩る、
1942年、6月6日深夜。
甲板で警戒作業をしていた科員が上げた一声で、
俺がカメラを抱いて部屋を飛び出すと、
既に走り出していたらしいの背中が、廊下の先に見えた。
俺もも、昨日から眠りが浅くなっている。
針が落ちた音でも嗅ぎつけて、キナ臭い場所に野次馬できるのは恵まれた才能だが、
隣の部屋のは、俺より後に寝て、俺より先に起きている気がする。
そういえば食事もろくにしていなかった。あんな細くて薄い体で、体力が持つんだろうか。
甲板に出ると、水平線の1〜2センチ下に、
水上機らしいシルエットが、黒い海に殊更黒く浮いていた。
「片桐さん!あそこ!水上飛行機ですよ!日の丸がついてる!」
先に甲板に出ていたが、望遠レンズでシャッターを切りながら、動揺し切った声を向けた。
俺もすかさず望遠レンズを向けると、四角く小さな視野に、弾痕だらけの日の丸が見えた。
「・・・・すげえ、蜂の巣だ」
思わず呟いた声に重なるようにして、誰か科員の「内火艇用意」の叫びが聞こえる。
それを聞いたが、弾かれるようにファインダーから顔を上げた。
「内火艇?!助ける気だ、片桐さん、わたし行ってみます」
「何言ってんだ!乗せてもらえる訳無いだろ!邪魔者扱いされて部屋に戻されるぞ!」
「頼んでみなければ解りません」
言い終わる前に、は左舷甲板に走り出していた。
何て無鉄砲。何て無謀。若いとはこういう事を言う。
ここに残れば沈みゆく機影を1秒毎に追っていけるのに。
だが、もしかしたらというほんの僅かの希望と、沈む水上機に乗っている軍人への興味に、
無意識のうちに、俺の両足はの背中を追いかけていた。
左舷甲板には既に4人の幹部と、幾人かの科員の姿があって、
角松副長は今まさに、内火艇に乗り込もうとしているところだった。
「角松副長!」
息を切らせるが呼び止めると、船務長と書かれた背中がゆっくりと振り返った。
しかし、最初に声をかけたのはその背中ではなく、砲雷長と書かれた背中だった。
「・・・・さん、どうした」
事件がおきると駿足で集まってくる野次馬のような記者2人に、
驚いたような怪訝そうな眼が、眼鏡の下でと俺を見返した。
「お願いします、わたしと片桐さんのどちらかを、内火艇に乗せてください」
問うてきたのは菊池砲雷長だったにも関わらず、
は大きな瞳で射抜くような視線を、角松副長に送ったまま、そう言った。
分をわきまえないの、この言には角松副長すら、目を剥いた。
何て図々しさ。何て度胸。若いとは、本当にこういう事を言う。
「何を、言っているんだあなたは・・・・乗せられるわけ無いだろう」
何も言わず目を剥いたままの角松副長より先に、また菊池砲雷長がを制した。
それでもの瞳は、黙ったままの角松副長の両目を注視している。
「絶対に、お邪魔にはなりません、お願いです、1人でいいんです」
「駄目だ!人間1人分も、無意味な荷物は載せられない」
「無意味ではありません!カメラは、内火艇に乗る全員の記憶より、正確な情報を持ち帰ります!」
「それは・・・・。」
啖呵を切ったに、今度は菊池砲雷長までもが黙ってしまった。
一瞬の沈黙。
黙っていた角松副長が、そこでやっと口を開いた。
「・・・・解った。では、記者、あなた1名の乗船を許可する」
カメラを抱きしめて、ありがとうございますと頭を下げたは、弾ける様な笑顔だった。
そこでふと、俺は思い至った。
角松副長は、従軍記者として経験の長い俺でなく、
最初に頼み込んだとは言え新人のを、なぜ指名したのか。
後になって聞いた話だが、角松副長は一瞬、俺とを微妙な天秤にかけたらしい。
もし、乗船したどちらかが誤って海に落ちた場合、助けられる確立が高いのは。
大柄で良く言えば恰幅のいい、悪く言えば体重の重い俺より、
小柄で細く、身体も軽いの方が、救助し易いだろうと思ったそうだ。
センスと身体が資本の、従軍記者。
北朝鮮でもイラクでもインドネシアでも、任務に就く兵たちと同等の体力、根性を誇っていた俺。
多少のことではダメージを受けないのが自信であったこの身体が、
まさか仇になる日が来るとは、思いもよらなかった。
兎にも角にも、俺とは正反対の、華奢で小さなが、乗員に選ばれた。
サーチライトに照らされて、本艦から離れてゆく内火艇に、
俺はシャッターを切った。
******
1942年、6月6日、深夜2時。
貴重な画像をそのカメラに持ち帰ったに、片桐は歓喜し、また悔しがった。
「ちくしょ、悔しいな、今度は俺が奴の顔かたちをスッパぬいてやる」
言った形相は最早、従軍ジャーナリストよりパパラッチの方が似合っていた。
今、幹部たちは桃井一尉を交えて、救出した軍人について額を寄せている。
片桐は戻ってきた桃井一尉を待ち伏せて、何とかその目的を達成しようと、
意気込んで部屋を飛び出して行ったが、は幹部たちの出す結果に薄々予測はついていた。
60年後から来た、武器機器満載の最新イージス護衛艦。
偶然だが乗り込んでしまった大戦中の帝国軍人。
この時代の軍人は戦争に勝つことに躍起になっている、と小学生の時に学んだ。
「・・・・軟禁して情報封鎖、妥当かな」
だとしたら、つい30分前が撮った画像が、彼の最初で最後の顔写真になるのだろうか。
デジタルカメラのモニタに、まだパソコンに移していないデータを呼び出す。
光量をぎりぎりまで調整して、可能な限り鮮明に残したその場面。
血の気の失せた白い顔と、白い軍服が、サーチライトに発光する。
軍刀と、ボタン、は名前を知らないが肩の飾りが、時折金色に発色する。
閉じられた両目は、長い睫毛が頬に影を作り、薄い唇はどこまでも白く。
真っ黒い海に、真っ白く、そこだけ切り取られたように浮かんだその風景は。
まるで、人形のようだった。
撮った写真を見せようと、部屋でいつまで待っていても、片桐は帰ってこない。
時間は深夜2時をとうに過ぎているのに、不思議なことに眠くもならない。
昨日今日と、睡眠も食事も曖昧なのが原因か、
身体は疲れ切って、少し動かすだけでも鉛のように重いのが解ったが、
興奮と緊張で、横になる気にはなれなかった。
このまま何もせず部屋にいても、先日のように船酔いにかかりそうな気がして、
は休息もそこそこに、重い両足を引きずって、部屋を出た。
それでも無意識にカメラだけは握り締めている事に気づく。
少しはわたしも、従軍記者らしくなってきているのだろうか。この混乱の中で。
何の気は無しに甲板に出ると、涼しい深夜の風がの髪を揺らし、
昨日突然、半月になった月が煌々と、海、艦、の瞳を明るく照らした。
そういえば、先日菊池に船酔いの看護をされて、夜の甲板に立った時、
目が街の明かりに慣れ切っていたせいか、星とはこんなにたくさんあるのかと感動したが、
今日の月を見ても、また感動を覚えてしまう。月とはこんなに明るかったのか。
きっと都会のぬるま湯に目が麻痺していたのだ。
ベイブリッジも六本木ヒルズもディズニーリゾートもビーナスフォートも。
仕事でも私用でも、夜景と呼ばれる人工の光を何度も見に行ったが、
人造の星が贅を競い合っても、この満点の自然を目にして全てが霞む。
やはり自然には、人間は一生、勝てないのかも知れない。
「・・・・写真なんかに、この感動は写しきれないだろうけど・・・・」
は輝く月と星に、レンズを向けた。
その時。
『副長より総員に告ぐ!各自持ち場のドアをロック、担当区画を即時封鎖せよ!
回収負傷者が、艦内に脱走した!』
鼓膜を叩くスピーカーの非情な音響。
の立つ甲板にも、その音は響く。
総員に告ぐ、ということは士官扱いのにも、その命令は適用される。
この場合、甲板から艦内に繋がるドアをロックしたら良いのだろうか。
ロックとは、ただドアを閉めれば良いわけでは無いのだろうか。どうすれば。
には、ドアロックの仕方も、区画の封鎖方法も、解らなかった。
一瞬の混乱。その一瞬で、充分だった。
の運命を、変えるには。
艦内に戻るのが最善策かと、が振り返ったその時。
黒い艦影、黒い海、濃紺の空に、真っ白く発光し、風に揺れる軍服。
月明かりに、金色に輝く軍刀。
治療跡だらけの身体を、それでも毅然と海を見渡す、姿勢、視線。
海を見ていた視線が、ゆっくりと横に移動する。
の大きな瞳に、その照準がきっちりと合わさる。
しかしその目は、何も言わず、まるでが艦の一部品になったように、
また視線を移動させていく。
「・・・・この艦は、」
角松副長が桃井一尉、尾栗航海長らを伴って、甲板に出てきたとき、
やっとその白いシルエットは、声を発した。
「・・・・美しいな・・・・」
ため息のような一言を、言い終わる前に、はシャッターを切った。
ファインダーから覗いた、小さく四角いその構図は。
満天の星空、黒い艦影、紺の空と海に浮かび上がる、白い影。
まるで、絵のようだった。
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〜後書きーそのまま惰性で前進ー〜
よっしゃ!やっと逆ハーらしく2匹目の出馬が出来ました。白毛の3歳馬、ドクデンパショーサタクミ、1枠2番。
レースは荒れ模様、芝生はダートです。血まみれ泥まみれでキャッホウな展開にしていこう。頑張ろう。
こここ今回のーハイライトー。テーマ、無意味な1行文章なのに、必要以上に時間がかかった場所ー。
・ヒロイン「内火艇?!助ける気だ、片桐さん、わたし行ってみます」の一言。30分近く意味無く悩んだ。
・菊池「それは・・・・。」文末に句点(。コレね)をつけるか、30分近く意味無く悩んだ。
・(瀕死草加の描写)〜薄い唇はどこまでも白く。の一文。唇薄いって勝手かな見解か?とこれでも30分。
毎回毎回こんなくだらねーとこで時間とられるから更新遅えんだよ猛省しろこのカス!と自戒するよ。ハイ。
みっちりみっちり原作にリンクさせていきたい所存ですが、唯一原作に逆らって戦うネットの落ち武者。四面楚歌。
草加、独身です。独身です。え?何度も言わなくてもいいようるせーよゴミ虫?え?独身です。背水の陣。
銀英で、既婚者ミッターやワーレンを、逆ハーに出馬させられない妙な卑屈根性と同じで、
今回ジパでも既婚者(らしい)角松、尾栗を出馬させられなかったフラストレーションが奥さんこんなところに!
ハイ、草加、独身です。あれ?しつこい?うん、知ってる。軽い洗脳だよ。ポアします。これ危険なネタだなやめよう。
そして角松、尾栗を出馬させられなく、そうとうこのゴミ虫もイラっときていますので、短編で、書きます。予定。
時代は防大三羽泥沼逆ハーじゃねえの!友情?恋愛?天秤にかけろゴルァ!みたいなやつを。もう死ぬべきかな。脳。