君はマーメイド!
act.20〜カクシゴトクマノミ。





「あンの・・・・クサレ軍人!うちのに何しやがった!」




俺の激昂の理由は、少し時間を遡る。




******




ヒトフタ、マルマル、と、海自風に時刻を言うのが、
俺との間で、密かに流行している。
他に、艦が大波に揺れたら、ガブっているな、とか、灰皿の事を煙缶、と言ったり、
とにかく海自用語が巷の記者(たった2人だけれど)に、ブームだ。
形から入っていると言われたら、それまでだが、
被写体、この場合はみらいに、愛情を注ぐのはジャーナリストの本懐で、
俺たち記者の愛は、目下、この最新イージス艦に捧げられている。

話が逸れた。

本日、ヒトフタ、マルマル。
帝国軍人草加拓海を乗せた海鳥が、トラックに向けて発艦した。
前夜に行われた幹部会議は、締め出されて撮れなかったので、
せめて飛び立つ海鳥と、草加の顔だけは押さえてやろうと思い、カメラを手に甲板に走った。
当然、もカメラを武器に走り出しているだろう。
たった2人の記者とは言え、俺はフリー、片やは大出版のお抱え。
撮影スポットの取り合いになるか、若造には負けねえぞ、と、
俺は少しだけ意気込んで、甲板に出たのだが。

しかし、はいなかった。

帝国軍人が、未来のジャンプスーツに身を包み、未来のヘリで飛び立つ。しかも任務を背負って。
キャッチーすぎる画であり、記者には美味しすぎるネタであるのに、
何故、はこのチャンスを、あえて逃したのか。
不思議に思って、海鳥発艦の後、艦内に戻った俺は、を探し出し理由を問うてみた。

「CICに津田さんが残っていたので、そっちの画を残したんです」

不自然すぎる。

草加が海鳥で飛び立つのは一瞬、撮ってすぐに戻って来れば良い話だ。
もしそこで、津田がCICから出てしまっていても、今後またチャンスはあるだろう。
最悪、同業の間では倦厭されるが、ヤラセ、と呼ばれる手法だって残っている。
だいたい、帝国軍人がCICに、よりも、帝国軍人が海鳥に、の方が、
数字を取れる事くらい、いくら新人のでも、解り切っているはずなのに。
しかし寝不足気味らしいの目元に、それ以上問い詰めずに、その場は終わった。




その日の夕食時、人もまばらになった食堂で、
食後の一服を満喫していた俺の前に、柳一曹が、コーヒーを片手に座った。

彼には、昭和や戦争に関する知識に疎い俺たち記者は、大変世話になっている。
例えば撮った写真の、どれがゼロ戦でどれが水偵なのか、
この時代の階級章の見分け方、著名人に関する武勇伝、トリビア、等。
資料室の書籍では追いきれなくなった俺たちの、ニュースソースはも早9割が彼だった。

目の前に座った柳一曹に、今日はどんな話を聞けるのか、
俺はポケットからペンとメモを取り出し、お疲れ様です、と、会釈する。
だが、てっきり、ゼロ戦や大和で切り出されると思っていた雑談は、
思いも寄らぬ方向から打ち出された。

「あの・・・・さんなんですけど、今日何か変わった様子、ありませんでしたか」

「・・・・へ?」

人影まばらな科員食堂で、心持ち声を落として話す柳一曹。
俺の間の抜けた声と、煙草の煙が、散った。




事の起こりはつまりこうだ。

先刻の食事中、彼の前にが座ったらしい。
お互いに、お疲れ様ですと言い合って、お決まりの昭和話に盛り上がった。

「そういえば柳さん、昭和の海軍に、専門用語、というか、隠語のようなものって、あったんですか?」

海自の専門用語なら、俺も少しは身に着けた。
しかし海軍の、こと隠語に関しては、資料室の書籍にあるような内容ではないだろうし、
やはり彼に聞くのが得策だろう。俺だってきっとそうする。

「・・・・え?いえ、ありましたけど、何ですか、何かおもしろい言葉でも聞きましたか」

「ええ、東進丸での事なんですけど、津田さんと草加さんの会話に偶然遭遇して」

「うわ、羨ましいです、僕は甲板作業だったから、聞いてみたかったな、どんな内容ですか」

「それが・・・・内容が殆ど解らなくて、でもテレコを持っていたので、録音していたんです」

さすが記者。いつでも録音は常識だ。
もなかなか成長している。何か俺、親馬鹿みたいだな。まだ若いつもりなのに。

「き、聞かせてください!隠語や流行語なら、ある程度なら訳せますから」

「ありがとうございます、実はお願いしようと思って、持って来ていたんです」

イヤホンを繋いだテレコから、柳一曹は昭和の軍人の、隠語を交えた会話を聞いたらしい。
コンピューター処理される前の、波音、風音、雑音の入った3分間。
雑音の合間をぬって、抑揚の少ない落ち着いた声と、若くて少し掠れた声が飛び交う。
そして、その内容は。

「・・・・す、すみません吉岡さん、訳は、聞かない方が良いかと、僕は思うんですけど」

「え?危険な内容なんですか?機密、とか、」

「いや、そうじゃなくて・・・・ちょっと、男同士の下品な話だから」

そこで簡単に引き下がるようでは、記者では無い。
は、かなり昔だが俺と組んで、新宿のピンサロにだって取材をした事がある。遠慮は無用だ。
やはりも、記事と興味のため、記者らしく食い下がった。そうでなくっちゃな。

「どんなに下品でも構いません、お聞きしたいです」

営業用の笑顔で続きを請うに、柳一曹は逆らえなかったらしい。

「・・・・じゃあ話ますけど、僕をセクハラで訴えないで下さいね、僕の本意じゃないですよ」

「もちろんです、それに昭和に、セクハラなんて言葉はありませんから」

あらゆる職業の人間に、あらゆる内容で取材をしてきたが、
そういえば、公務員という種別の人間は、一般企業のそれよりも、
セクシャルハラスメントに対する考えが高いと思う。
俺は、その辺り良い風潮だと思っているんだけれど、こういう時に面倒臭いようだ。

「それじゃ、訳してそのまま言いますけど、ほんと、セクハラじゃないですからね、」

前置きも恐る恐る、柳一曹は言葉を続けた。
昭和時代の、帝国海軍の、流行語や隠語。
若い男性たちの間で使用されたそれは、性的なものが多かったが、
未だ21世紀のジャーナリストとして生きる俺にとっては、レトロで趣味の良い、考古学を匂わせた。
もっとも、昭和の今にあっては、考古学でなく、考現学、と分類されるべきなんだろうけど。

セクハラと言う、形の見えない地雷を踏まないよう、怖々と説明を終わらせた柳一曹に、
やはりは、まるでお上品な、国営放送のフランス語講座でも聞いていたかのような笑顔で、
ありがとうございます、勉強になりました、と締め括った。

フランス語講座、否、性的な隠語の話を終えた頃に、2人の食事も終わった。
その後、柳一曹は非直になるが、には当直も非直も無い。
騒ぎが起きれば風呂でも便所でもベッドでも、裸のままカメラを抱いて野次馬するのが記者だ。
セオリー通りにも、これからまた画像データの仕分け作業です、と、席を立つ。

そしてその、去り際に。

「・・・・柳さん、もう1つ、お聞きしても良いですか」

隠語の話より、こちらの方が本題のように聞こえた、と、柳一曹は語った。
今度は、聞いたの方が、何に対してか、恐る恐る聞き始めたからだ。それはセクハラに、では無い。

「は、ええ、僕で良ければ」

最後まで、問うべきか否か、躊躇っている様子だった。
も、あんな良い画を撮るくせに、やはり経験が足りない。
表情を読まれるようでは、まだ一流とは言えない。

「て、帝国海軍って・・・・リベラル、なんですか?」

「・・・・は?」

声が小さかったので問い直したそうだが、それをは、質問変更の意図と、勘違いした。




「別れ際に、抱きしめるとか・・・・そういう風習があったんですか?」




今に至る。




「あンの・・・・クサレ軍人!うちのに何しやがった!」

「お、落ち着いて下さい片桐さん、ぼ、僕も詳しくは聞いていないんですから、」

目の前で、もうカップも空になった柳一曹が、慌てて俺を宥めている。
怒りに任せて煙草を揉み消すと、フィルターが真っ二つに折れて、指先が灰にまみれた。

「も、もしかしたら、抱きしめられたのはさんじゃなく、
 津田大尉の事かもしれませんし、その現場を見ての質問だったのかも、」

そんな事、有る訳が無い。
記者がポーカーフェイスを崩すとき、
それは大スクープを逃した時と、銃口が自分に向いた時だ。

21世紀の常識では、記者に男も女も無い。
しかし、昭和の今にあっては、性と言う名の銃口が、に向くのは想像に難くない事態だ。
春を売る商売も公然と存在し、女性の社会的地位が低い、60年前のこの時代。

は、抱きしめられる、否、それ以上の被害に遭ったのだろうか。まさか!

「片桐さん、さんも、切羽詰って僕に聞いたんだと思います、だから、」

「解ってますよ、穏便に、穏便にいけば良いんでしょう!」

言って椅子から腰を上げ、食堂を出る俺の歩調が、穏便、という単語から程遠かった事は、
柳一曹はもちろん、俺自身さえも、自覚していた。

足の先は、士官居住区。
の、一室だ。




******




「・・・・、いるか」

ノックはしたが、返事を待たずに開けた扉の向こうで、はパソコンでの作業をしていた。
最新型のパソコンは、最新型のデジタルカメラと、コードで結ばれている。
どうやら画像データの整理中らしかった。

「片桐さん、良い所へ」

東進丸の画を整理していたんです、と、俺の方にモニタを向けて見せるその姿は、
いつもの笑顔で、いつものだ。
俺の思い過ごしだったのだろうか、否、思い過ごしであれば良い。
モニタには目を向けず、殊更大きな態度で、どっかりとベッドに腰を下ろし、
真顔のまま、視線を合わせた。

「・・・・なあ、俺、今、柳さんと話をしてきたんだよ」

柳、の言葉が出た瞬間、の肩が、眉が、ごく小さく反応した。
この反応を、見逃す俺では無い。
政治家、刑事、芸能人。数々の嘘つきのプロを見極めてきた俺にとって、
の反応は、子供の嘘を見抜くより簡単すぎる。

、前に言ったよな、俺とお前は、たった2人しかいない、従軍ジャーナリストだって」

嘘つきは、だいたい目を逸らす。
だがは、俺の両目を真っ直ぐに射抜いていた。

「お前がプライヴェートだから話したくないってなら別だけどさ、
 柳さんに言えて、俺には言えない、なんて事は無いだろ」

の、表情が、曇る。

「解っていると思うけど、俺は心底心配なんだよ、仲間はお前しかいないから。
 ・・・・なあ、




 お前、俺に何か、隠し事してないか?




第一声は、ごめんなさい、だった。
謝られる筋合いでは無いのに。




元々、責めた気は1ミリ足りとも無いし、
その後が、昨夜の草加少佐との件を告白して、俺の不安も一気に晴れた。
何だ。まるで、思春期の娘を持つ、心配性の親父のようじゃないか。俺はまだ若いはず。

性的にマイノリティである事。
科員では無く、おまけのような存在、記者である事。
その2つは、昭和であろうと平成であろうと、仕事をする限り、一生にまとわりつく。

例えばが男性であったなら、昨夜の件も、
昭和と平成に結ばれた、友情の心温まる物語り、で終わったかもしれない。
しかし、は女性で、草加少佐は、男性だ。

艦に足を踏み入れてから今まで、可能な限り、忘れようとしていた、性別。
平成では平等であるべきものとして常識だった、その存在も、
昭和の今では、差があって当然、それが常識だ。
社会的上位や、その場でのマジョリティーに、性の対象として見られる事を、
男の俺は、一生、経験できない。目の前のは、常に向かい風を受けているのに。




「・・・・気にしない方が良いさ、そういう時代なんだから。
 草加少佐の方も、たぶん変な意味じゃなくて、感謝とか友情の表れだろ」

は、ため息と共に、露骨に安堵の目をして、
俺は、記者がそう簡単に感情を顔に出すもんじゃねえよ、と、笑った。




海自風に、フタフタ、ヨンマル。
トラックへ飛び立った海鳥からの連絡は、まだ来ない。

海は、凪。
事件の無い夜、
記者たちは、夢を見る程に眠る。




******




科員食堂で、流れ弾に当たった人物が、1人。

CICに向かう前に、コーヒーでも飲もうと思ったのが、運命の分かれ道。
1日の半分はインカムを装着して過ごす、その鋭敏すぎる聴力が、仇となった。

「僕も、詳しくは聞いていないんですけど、
 別れ際に抱きしめるとか、そういう風習ってあったんですかって・・・・
 たぶん、草加少佐の事ですよね、」

「あンの・・・・クサレ軍人!うちのに何しやがった!」

うちの、草加少佐、抱きしめる、3つの言葉は確実に、彼の鼓膜を貫いた。




「・・・・さんが、草加に、まさか、何を・・・・」




海は、凪。
記者たちが、安眠する今夜。
流れ弾に当たった心臓は、

大事件です。




    




〜後書きってないと気が変になりそうなんだッ!〜

どんな精神状態だ。

21歳の誕生日に20作目をアプできるとは!ハンパすぎるデステニ!あと1年遅く生まれておけばハタチに20ベタな韻踏めたのに!くそ!
記念すべき労力と愛情のパッション20作目なので、心のピューリッツァ賞片桐様にご出演頂きました。DAI☆SUKI!

今回、ちょっとプロトでやってみたかった企画、「語りが片桐さん1人称の、3人称」。柳の語りの部分です。企画倒れ!
もう死す!シス!スターウォーズ!脳がダークサイドだ!もう韻も時事ネタも踏み込めない。駄目だ。2段落から缶チューハイだから。
公務員のセクハラネタに絡めてジェンダー関連ネタも入れてみたり。片桐さんはノーボーダーだと良いね。
クサレ軍人、は1度で良いから誰かに言わせたかった単語。割り当てが片桐になって今とても幸せ。ぶん殴って良いよ。笑って死ねる今なら。
その他、言わせたい単語、のもろもろを、20作目、シリーズもお肌も曲がり角になってきたので、徐々に小出しにしていきます。
柳の半分は優しさで出来ている。あ、やべ、今、偏頭痛した。電波の仕業かな。柳、飲まなきゃ。用法容量を守って正しくミリオタって下さい。

あーもー駄目だ。今ヨッパだから。俄然ヨッパだから。柳の語りから、泥酔して書いてる。後から手直し必要な確率100%。

オチをつけて、更に、韻を踏む、下らねーけど良い仕事が出来たと、ここだけまじ満足ですが何か。自己満ですが何か。
心臓は、大事件、姉さん事件です的なテンションでお読みいただければ幸いです。菊池は姉がいてもおもしろいね。

次回、生真面目なヘソ出し忠犬の顔を赤らめさせてみませんか、に、1000ワンワン。ワンワン、は恋の単位です。