君はマーメイド!
act.2〜行く末はマリンブルー〜
乗艦1日目で、早くも多くの科員が気を使って打ち解けようとしてくれている。
入社初年度にも関わらず、激務と言われる従軍ジャーナリスト、
しかも最新鋭のイージス護衛艦に乗船しての、長期取材。
君はキャリア組だし新人は何事も経験だよ、と薄く笑った部長の真意は目に見えている。
あまりにも解り易過ぎる新人イビリだ。
23歳で名門大卒、留学経験有り、仕事も出来るとあれば、
器の小さな上司の、格好の餌食となるのは目に見えていた、
と、従軍配属の辞令が出た日、先輩記者が耳打ちして聞かせてくれた。
その時は既に、海自に詳しいフリージャーナリストの片桐の乗艦は決まっていたし、
今さら、自衛隊に明るくない新人が1人増えても、足手まといにしかならない。
与えられた仕事は何事であっても喜んで応えるべきだ、特に新人のうちは。
だが、明らかに不当な人事に、は多少落ち込んでもいた。
しかし、陽気で明るいみらいの科員たちに触発されてか、
出港1日目の夕食時現在、の仕事への思いは前向きなものに旋回しつつあった。
「いやー若くて可愛い記者さんだな!俺今回乗れてラッキーだったぜ」
「聞いてくださいよー船乗りなんて男所帯ですよ、むさ苦しいんですから!」
「写真とか取材なら遠慮なく言ってくださいね!俺に!」
「お前!図々しいぞ!」
みらいの科員は一様にして明るく陽気で、夕食が終わった今、
科員食堂では非直の若者たちがの周りに輪を作り、歓談を試みている。
雑誌記者が珍しいのだろうか、一人に対して10余名もが話しかけるので、
も回答に追われている。
「何て雑誌の編集さんなの?どんな雑誌?」
「何歳?どこ出身?」
「彼氏はいる?どんな男が好み?海自なんてどうかな」
打ち解けるために話しかけてくれるのは大変嬉しいことだが、
出港直後の艦内写真もまだ撮らなくてはならないし、
日誌も書かなくてはならないし、インタビューのアポもとらねばならない。
特に日誌は、横須賀に帰港したのちそれ自体が記事になるのでおろそかに出来ない。
だが、まだ仕事が残っているので、と何度か退席を試みたものの、
強引で優しい科員たちに団結して引き止められ、
さらに2杯目のコーヒーまで運ばれてきて、未だは興味の視線に囲まれている。
それなら、逆境は生かせの精神で、
科員たちから船での生活について、取材よろしく聞き出そうとしたが、
話題がのプライベート、特に恋人の話になってきたので困惑した。
そこに、鶴の一声とも言える人物が登場したのだ。
「お、何だ、大の男が女の子一人取り囲んで、だらしがないなあ」
先刻、出港前の挨拶で1度顔を合わせた活発そうな青年、尾栗康平航海長だった。
「航海長!」
「やだなあ、そんなんじゃないっすよ」
「親睦を深めようと思って!」
彼が来ると科員たちは嬉しそうに席を勧める。慕われているのだろう。
尾栗はの斜め向かいに座って、コーヒーを受け取り座に参加する。
「・・・・あ、悪ぃ、また女の子なんて言っちまった」
一口飲んで、謝ってきた。先刻の挨拶での失言を思い出したのだろう。
しかし悪意は無さそうなことと謝罪する口調の悪びれなさが、にも伝わった。
「いえ、お気になさらず。今は公事ではありませんから」
そうしてくれるとありがたい、の答えに尾栗は笑った。
「船酔いとかは大丈夫か?初心者はけっこうこたえるからなあ」
「はい、薬も飲んでいますし。お気遣いありがとうございます」
「そっか、良かった、万一に備えてあんたにエト袋でも準備しておこうと思ったんだが」
「えとぶくろ?」
「ああ・・・・エチケット袋のこと」
専門的な用語ですねと言ってがメモをしたので、尾栗はまた笑った。
こんな小さな言葉一つとっても、は知識が無さ過ぎる。
乗船前に海自の歴史や艦、海自の仕組みについて多少の勉強はしてきたものの、
付け焼刃では足りな過ぎる。
にとって1つ1つ学んでいく事は、おもしろく興味深くもあったが、
無知はときに失礼に当たることがあるし、場合によっては迷惑をかけることもある。
エト袋、と小さくメモをしたことを、尾栗が不快に思わなかった事に感謝した。
単純ではあるが、気安い人物なのだろう。
気安い人物ついでに、は尾栗に、仕事の依頼を促してみた。
「お時間が空いたときにでも、2〜3方に取材をさせて頂きたいのですが」
「お?インタビューか!いいね!俺はいつでもオッケーだぜ!」
航海長いいなあ!と、周りから感嘆の笑い声が上がる。
尾栗も笑って、うらやましかったらお前らも航海長になってみろ、と言った。
「空いてるときに声をかけてもらえれば何でも答えるからな」
「ありがとうございます、・・・・それから・・・・」
「それから?」
は、もう1つ依頼したい事柄について、少しだけ言葉を濁した。
今回が長期取材をするのは、
自らの属する大衆向けカルチャー誌編集部からの辞令であったが、
実はもう1つ、別の編集部からの仕事も任じられていた。
それは、女性向けファッション情報誌からで、
の辞令を知ったそこの編集長から、直々に任された1記事の取材だった。
毎号、カラー2ページで連載している、そこそこ人気の1コーナー。
医師、弁護士、カフェ店長から、デザイナー、教師まで、
ありとあらゆる職業の「器量の良い男性」を特集する、いわば読者へのサービス記事だ。
全ての記事に価値があり、全ての取材に意義がある。
しかし、常に死と隣り合わせの護衛艦勤務者に、船上で勤務に全く関係の無い、
しかもファッション誌の軟派記事取材をすることは、果たして無礼ではないだろうか。
だが、与えられた仕事は仕事。
彼らの仕事が波に揺られ、上官の意思を絶対とし、限られた船上生活であるならば、
の仕事は与えられた取材依頼を完璧にこなすことにある。
「女性ファッション誌の、取材なんですが・・・・」
は記事の説明と、取材内容をおおまかに語った。
どうか、目の前の優しい航海長が不快な思いをしないよう、言葉を選びながら。
「できれば独身の方で、顔写真の掲載を許可していただける方が良いんですが」
しかしの心配は意外にも杞憂に終わった。
「なんだ!独身限定かよ、残念だな!」
尾栗は不快になるどころか、楽しそうに笑い、無念さを口にした。
どうやら「専門職のイイ男」の取材を、自らが受けるつもりでいたらしい。
「あ、じゃあ自分!自分なんてどうですか!独身ですよ!」
「ばか!お前まだ三曹だろ、こんなおいしい取材受けたら上に睨まれるぞ」
「では自分は!自分は尉官で独身です!」
「何言ってるんだ、おまえみたいなヒゲ熊、読む人1人も喜ばねえよ」
取材を巡って、方々で軽い争奪戦が起きる。
事態に唖然と絶句してしまったに、またしても鶴の一声か。
尾栗が、何かを思いついたように、人柄に似合わぬ不敵な笑みを浮かべた。
「いや待て・・・・1人良いのがいるじゃないか」
独身で、器量良し、しかも幹部クラスが。
いたずらを思いついたような顔の尾栗は、役者然とその名を囁いたとき、
「菊池雅行、砲雷長!」
まさに、絶好のタイミングだった。
「俺が何か」
人垣の背後、かなり高い位置から、低く落ち着いた声が降り注いだ。
その場にいた全員が、驚いて振り返ると、
目元の涼しい長身の人物が、風呂上りらしい濡れ髪で、不審そうな顔をして立っていた。
「雅行!ちょうど良いところに!まあ、座れ座れ」
尾栗が席を勧めると、呼ばれた男菊池は面倒くさそうに近づいてきた。
「手短にな、俺はまだ仕事が残っているんだ」
手近にいた科員から紙コップのコーヒーを受け取って、尾栗の隣に着座する。
そして漸く、向かいに座る人垣の中心人物、の存在に気がついた。
「・・・・、さん」
名を言うまでに間があったのは、恐らくの名を思い出していたのだろう。
は、乗船前に同業の片桐から、
みらいを指揮する4人の幹部について、少しだけ情報を仕入れていた。
その時に聞いた話によると、この菊池雅行砲雷長は、冷静沈着で自他に厳しく完璧主義。
科員にしろ、記者のにしろ、仕事を完遂せねば人として認められないであろう。
きっとが乗船1日目で、今の所仕事において目立った功績を修めていないから、
取るに足りないものとしての名を完璧に忘却していたのか。
それは、悔しい。
「先程お会いしましたね、主に科員の方々の日常について取材させて頂きます、です」
慇懃無礼も極まれりなにこやかな笑顔で、は再度、フルネームで挨拶をした。
聡明で利発な砲雷長はの宣戦布告に気づいたらしかったが、
乗船初日の疲労か、またはこんな小さな存在に、いちいち目くじらを立てるのが面倒なのか、
「如何ですか、取材のほうは順調に?」
まるでの負けん気を掌で転がすように、話題を転じた。
「ええ、科員の皆様のご協力もあって、沢山お話を聞かせて頂いています」
「はは、こいつらの話は殆ど仕事に関係無い事ばっかりだろ」
斜め向いから尾栗が笑って茶々を入れる。本当にその通りだったが。
会話が仕事の話になったところで、が菊池に、
例の取材の伺いを立てようとしたところ、
何故かそれは、尾栗によって制された。
「なあ菊池、記者さんの取材に協力するのは俺ら乗員の義務だよな?」
誘導か。確かに取材の内容上、正しい判断かも知れない。
「ああ、そうだな。何だ?」
「いや、さんが雅行に取材したいんだと!」
「俺に?洋介の方が適任だろう」
眼鏡の奥で眉目秀麗な顔がいぶかしげな表情を作る。
「あいつは片桐さんが担当しているらしくってな、
同じ人から2度もインタビューするのは宜しくないだろ」
「では康平が受ければ良いじゃないか」
「俺はそういうの向いてねえよ、ほら、余計なことばっか言っちまうし」
「・・・・艦長は?」
「艦長はお忙しい、それどころじゃねえさ。雅行、残りはお前だ」
従軍ジャーナリストの業務に貢献するのも立派な任務の一つだろう、
と、尾栗は締め括った。
尾栗の、の明らかに爽やか過ぎる微笑みは、果たして菊池を頷かせるに至るだろうか。
菊池はコーヒーを飲んで、3度も深呼吸が出きる位の間を置いて、
「・・・・解った、仕方ない、善処しよう」
カップから立ち上る湯気で、一瞬その眼鏡が曇った。
今日は仕事が残っているので、取材は明日でも良いだろうか、と、
質問と言うよりは確認に近い聞き方をされたが、
は菊池の言葉を、喜んで受けた。
快諾とは言えなく、尾栗の策謀による詐欺染みた取材要請ではあったが、
アポが取れたことに間違いは無く、この機を逃すことは無い。
与えられた船室の2段ベッドで、ノートタイプのパソコンを起動し、
デジカメから今日撮った分のデータを移す。
そして、本日最後の業務である、日誌を書く。
日誌の文末には。
『与えられた仕事を、完璧に楽しむこと。それが一番!』
それは読者でなく、自らに言い聞かせていた。
暗い部屋で目を閉じると、艦独特の機械音と、
それから少しだけ、波の音がした。ベッドは揺れる。
夢に入るほんの半瞬前、エト袋という単語を思い出した。
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〜後書き!確認!〜
今回低温なノリだ。反省。もっとドキッ☆な展開にしていきたかったのに。だって菊池動かないんだもん。言い訳。
毎回毎回逆ハーヤるときに限って、本命は動かず当て馬がいい仕事してくれちゃうんだ。知ってる。うん。
この連作の逆ハーは3人でガチバトって頂く予定なんですが、残り二人がまだ出せません。
あー早くタイムスリップしねえかな。戦時の昭和でどこまでドキッ☆男だらけの水泳大会ができるか、楽しみです。
ドリ書くに当たって、海自の用語とか隠語とか、ネットで調べたんだけどおもろいね。
やっぱ記者、医療、飲食、アパレル、専門職にはおもろい用語がごっさある。
あまりにもおもろいもんで、エピソードにも入れちゃったよ、展開に関係無いのに、無理矢理。反省。エト袋。