君はマーメイド!
act.19〜桃色の波間。





各々の幹部が額を集めた、救命作戦に関する会議は、草加が放った一言で、
フタサンマルゴ、漸く散会を迎えた。
角松は草加に、疑いと不安の混じった視線を、正面から投げ飛ばしていたが、
その意味に気づかないふりをして、草加は早々に、士官室を退室した。

明日はオートジャイロ、否、ヘリコプターに乗れる。
非武装で輸送用の大きな方は、シンガポールへ行く際に乗ったが、
海鳥と呼ばれる双発戦闘機の方は、未だ飛び立つ所すら、見られていない。
未来の戦闘機は、果たして如何なるものなのか。
作戦前に不謹慎だが、興味と好奇心で、心が高揚するのは否めない。
ここは軍人らしく、武者震い、と言う事にでもしておこう。

草加は、自らの寝泊りする、士官居住区の通路を進む。

明日、トラックへ飛び立てば、暫くこの未来の艦へは戻れない。
資料室にある貴重な歴史資料は、殆ど頭に入れた。
アスロックと呼ばれるミサイルのような、興味深い装備や、
自動販売機、ディーブイディーなど、不思議な文明にも、充分に触れられた。

しかし、ただ1つ、心残りな事がある。

士官居住区の一画、名札の無い一室のドア。
もう何度、同じような事をしたか解らないけれど、
極力、優しく聞こえるように、3度、ノックをした。




います、どうぞ」




室内から響く、細い声。
開けた扉の隙間から、蛍光灯の光が漏れる。
失礼する、と、消灯過ぎのこんな夜分に訪れたものの、
できるだけ紳士に見えるよう、会釈をした。

ただ1つ、心残りな事がある。

それは。




******




「遅い時間に済まない、もう休む予定だったか?」

もう眠ると言われて、諦めるほど単純では無いつもりだったけれど、

「ううん。東進丸の現像、終わるまで眠れないから」

紳士ぶった草加の問いを、笑って否定されて、ほんの少し、ほっとした。
彼女はもう一人の記者、片桐と話し合った結果、
当分、未来に帰る見込みが無いので、現像できるものはする事にしたらしい。
メモリ不足になったら八方塞がりだから、と、その後続けた言葉は、理解できなかった。

彼女が、唯一ある椅子に座っていたので、
草加は仕方なく、一人、ベッドに腰を下ろす。

その距離は、3歩分も無いけれど、
出会った日の夜、シンガポール行きの列車、そしてホテルの部屋。
その全ては、膝が触れ合うほど隣だった。こんなに離れて座るのは初めてだ。
わずか3歩の距離を、今、心から悔しく思う。

「東進丸を降りて、あなたは殆ど休んでいないな、大丈夫なのか」

隣に座らせる口実を考えながら、とりあえず、話を繋いだ。




夜の静かな室内に、
低く落ち着いた草加の声と、高く柔らかい彼女の声。
そして、印刷機の動く小さな機械音が響く。

「1月も居なかったが・・・・ここを離れるのは少し寂しく思うな」

草加の言う、ここ、とは、艦の事では無い事を、現像作業中の彼女は気づかない。

「科員ではないけど、そう言われるのは嬉しいな、みらいを、気に入って貰えて」

彼女はありがとう、と微笑んで、
草加はその笑顔に、未だ、隣に座らせる口実が見つからない。
嘘や口実、言い訳は得意だったはずなのに、こんな事は珍しすぎる事態だ。
それは何故なのか、理由は、解らない。

「あなたには世話になったな、音楽も、ディーブイディーも、会話も、興味深かった」

「・・・・わたしの方がお世話になってばかりだった気がするけど」

「そんな事は無い」

それは草加の、率直な感想だ。
どちらかと言うと、個人的には自分の方が世話になっている気がする。
例えば音楽や、映画よりも鮮明な映像、会話を通して知る、未来の人々の様子。

そして、彼女に出会って初めて経験した、不思議な心境。




隣に座って欲しい、
近くに居て欲しい、
話したい、触れたい、

もっと、
もっと傍に。

彼女は未来の人だから、何か特別な力でもあるのだろうか。
こんな気分になるなんて。




不可思議な心情は、体調へも変化をもたらすらしい。
頬が火照り、言葉に詰まり、鼓動が高鳴る。
ともすれば四散してしまいそうになる思考を、一心に繋ぎ止めて、言葉を続けた。

「・・・・かなりたくさん印刷しているんだな、東進丸は良い被写体だったのか?」

辛うじて、返事をもらえるように、疑問系を使う事だけは、成功した。

「全部が東進丸の分じゃなくて、前の分もついでだから出しちゃってる」

印刷機にしては小さすぎると思える、その白と銀の機械から、
総天然色の鮮やかな紙片が、次々と吐き出されてくる。
彼女の、記者としてのこの作業は、一体、何分後に完了するのだろうか。
仕事の手を止めさせる訳にもいかない。
しかし。

ベッドの隣の空間は、ちゃんと1人分空いているのに。

誰も居ない隣を、悔しく思いながら、吐き出される紙片を無為に見つめる。
すると機械から、ポン、と、ベルのような音がして、紙片の流れが止まった。

「・・・・よし、おしまい」

ベルは、作業の終了を知らせるものだったらしい。
これでやっと、彼女は両手放しになった訳だが、
それでも隣に座らせる口実は、未だ、思いつかない。

その代わり、白手袋の下で、手の平が薄らと発汗している。
動悸が著しく高鳴っている。口の中が、乾いている気がする。
どういう事だ。

それは、緊張、と呼ばれる状態に、至極似ていた。
何故。

作業の終わった彼女は、体ごと草加に向き直る。
話す相手に、顔と視線を向ける、彼女の礼儀正さが見えた。

何時間かぶりに、正面から見つめる彼女の顔との距離は、丁度、3歩。

大きな瞳を囲む、長い睫毛。
海の似合わぬ、陶器のような白い肌。
袖口から覗く、細い手首、華奢な首筋。
自分とは異なる性別を物語る、小さな肩。

あの日、昭南のホテルの一室で、喉に詰まった3語の単語は、
今も、草加の胸中で、言えぬままに渦巻く。

「草加さん、これ、受け取って貰える?今まで撮った分の、記念に、」

白い指が、何枚かの写真の束を差し出して、
ガラスのような瞳が、微笑んだ、
その時。

草加の体は、意識の範疇から飛び出した。




彼女の小枝のような手首を掴み、
ベッドより少し高いくらいの椅子に座っていた、彼女の体を、
兵学校で学んだ、合気道の要領か、重力の力を借りて、




自らの、腕の中に、引き入れた。




抱きしめて、最初に気づいたのは、
彼女の体の、何と細い事か、何と、柔らかい事か。
この腕力差と体格差、逃げられるはずもないくせに、
胸に湧き上がる、何か解らない感情が、背中に回す腕に、力を込める。

抱きしめて、次に気づいたのは、
そう言えば、感情の衝動で動いてしまうなど、
自分の過去には無かったはずだ。
もう後の祭だが、この密着した状態の言い訳を考える。

「・・・・く、草加さん!何を、」

腕の中で、彼女が戸惑うのも当然だ。
草加自身も、戸惑っているのだから。

何故、こんな事をしてしまうのか。
何故、衝動で動いてしまったのか。
何故、こんなにも彼女を、

離したくないのか。

突然の、事故に似た行動に、困惑と疑問を隠しきれないでいる彼女に、
何か答えないわけにもいかない。

しかし、
腕の中の小さな体温が、
頬に触れる柔らかな髪が、
草加の頭と舌を鈍らせて、

「て、帝国海軍は、リベラルなんだ、」

「・・・・は?」

「これは、海軍式の・・・・別れの、挨拶のような、ものだ」

上手い口実が見つからぬまま、結局。
途切れ途切れに、継いだ言葉は、子供の言い訳だった。
だがさすがに彼女も、こんな低次元を信じる程、子供では無い。

「・・・・わたしだって騙されない、そんな、嘘」

白い軍装の胸元に、包むように抱き入れられて、
こんな小さな肩に、そんな小さな非難をされても、
今の草加には、何の効力も無い。

ただ、包んだ体温が、気が遠くなる程に暖かいだけで。




「・・・・さん、私は、今、とても不思議な気分なんだ」

草加の紡ぐ、独り言のような言葉を、
胸元の細い肩は、黙ったまま聞き入れる。




「私は今まで、常に10手も20手も、後の事を考えて行動してきた。
 作戦でも、弁論でも、将棋でも、黒星の記憶は少ない。




 でも、私は今、衝動に駆られるまま行動してしまった、後先考えず。
 こんな私は、私自身が、初めて出会うんだ。 




 あなたの体温が、気が遠くなる程暖かくて、
 できればこのまま、もう1度、次元に、奇跡が起こって、
 時間が止まらないかと思っている。

 先刻から、動悸が高鳴っている。
 情けないが、手が、汗を握っている、緊張しているんだ。
 話したい言葉も、上手く浮かばないし、

 ・・・・なあ、さん、




この気持ちは、何と言う。




「・・・・済まない、失礼をした、もう遅いな」

紡ぐ言葉が、ついに無くなって、仕方なく、小さな肩を手放す。
抑制無しに急激に抱きしめた、その空間の始まりは、
名残を惜しむも解りやすく、ゆっくりと彼女を解放する。

草加には、たった1秒にも満たない空間に感じられたが、
横目で見た、細い手首に巻かれた時計は、もう30分も経過していた。
先刻、手渡されたはずの写真の束は、ベッドに床に、四散している。
離れてしまった彼女の顔を見ないようにしながら、拾い集めた。

何故か、彼女と、視線を合わせられない。
合わせてしまえば、高鳴ったままの鼓動で、心臓が破裂しそうな気がする。
そんな事は科学的に、万に1つも在り得ないと、解りきっているのに。

「く、草加さん、」

1分前の、密着の理由が、未だ解らぬ彼女が、
不安と、困惑の混ざった声で、名を呼んだ。
それでも、正面から顔を見ることは、ついに叶わず。

「・・・・本当に、失礼をした。今のことは・・・・忘れてくれ」

束ねた写真を握って、その目を見ぬまま、部屋を出た。




士官居住区に位置する草加の部屋は、彼女の部屋の斜向かい。
30秒とかからず部屋に戻って、後ろ手にドアを閉めた時。

熱い、ため息が、零れ出た。




これは一体、何なんだ。

動悸も呼吸も行動も、今の私は全てがおかしい。
偉そうな事を言っておきながら、これではまるで私が津田だ。
あんな事をするつもりは無かったのに。意味が解らない。
まだ、手の平の発汗が収まらない。脈拍が不整だ。

この状態は、何と言う。
この気分は、何と言う。

まさか。




******




ベッドに横になってから、
そういえば、貰った写真を見ていない事に気がついた。
枕元の蛍光灯を灯して、1枚1枚を光に照らす。

彼女の視点から、四角く切り取られたその数枚。

みらいの科員に囲まれて、食事中の自分。
軍服の洗濯中、青い作業着に身を包んだ自分。
ずいぶん近い距離から、蝶ネクタイの自分、これはダンスの時か。
南国の太陽に照らされた、蘇鉄と、椰子と、自分。

鏡以外で、初めて天然色の自分を、草加は見た。
極彩色で鮮明すぎる、未来の写真。
彼女に、こんな顔で笑っていたのか。
そこで気づいた、彼女を見つめる自分の笑顔。

この笑顔の理由は、
まだ胸に残る体温は、
目を閉じても思い出せる鮮明な彼女の姿は。

この気持ちは、
きっと。




恋と、言うのだ。




時刻は、マルヒト、サンマル。
南国の凪いだ波間に、艦とベッドが揺れる。

眠ろうと、瞼を閉じても、

抱きしめた小さな感触が、
頬に触れた柔らかい髪が、
暖かい体温が、細い体が。

眠りたくとも、眠らせてはくれない。




    




〜臭うな、後書きは禁酒だぞ〜

すみません!最後の段落の「抱きしめた小さな感触が〜」から、缶チューハイです!お疲れ様!フライング打ち上げ!乾杯!

いーやいやいやいや!(アンタッチャブル風に)いや、草加ね。これね。ヤっちまった!恋という字を出す、第一段階突破!
ちなみに第二段階は恋に気づいた状態での抱擁第三段階告白で、第四段階がやっとキスです。中学生日記!
うん、草加これから海鳥で56とランデブー、その後しばらく音信不通になるから、昭南くらいから無駄に頭出ししたの。
今やっと!2枠2番ドクデンパショーサタクミ(三歳黒毛)のケツにムチ入れる作業完ー了ー!お疲れ様!チューハイ2本目
あーもーすげえ報われてる今。すげえ満足。え?自己満だよ?何か?所詮クサレ害虫の垂れ流す産廃ですから!

次回の草加(いつになるんだ一体)から、「恋」という字をサブタイに入れられると思うと、今からテンションがぶちアゲ!クラブ行こっか!
いやー恋の1文字はね、バナヌ、メガヌと同様、何かのメタファだからね。くそ。早く使いてーっつの!でも次いつだよ!乾杯!
暫くバナヌの出番はありませんが、あじさいの花が咲いたら・・・・そっと、僕を・・・・思い出して下さい・・・・、ポエティック!まさしく恋だね!

次回から5馬身も6馬身も引っこ抜かれたメガヌ馬坊主馬のケツにムチ入れていく、まさにどサドの成せる技です。
あ、忘れてた、便所馬も出さなきゃね。あーでも今3巻の真ん中過ぎだから、ガダルカナル、56の慰問、自問自答メガヌ。先は長い。

次回、天才パパラッチが親心むき出し、メガヌがジェラスイ、初登場ミリヲタの半分は優しさで出来ています