君はマーメイド!
act.14〜ワルツオブテトラ〜
元はホテルの別館だった、最新の石造り建築で建てられた大ホールは、
今は日本軍の借り入れ、否、占領によって、
軍人や民間人のための、ダンスホールになっている。
3色の軍旗はためく、天井の高いホール内は、
シャンデリア、女たちの装飾品、ランプ、軍刀や金ボタンで、
煌びやかに輝いている、まさに社交場だ。
草加の贈った服の中に、小型のカメラを忍ばせた彼女は、
歴史の物語る社交の輝きと、大勢の人々の姿に、
シャンデリアよりも、その瞳を輝かせていた。
壁際に位置する席の1つを陣取ると、
よく教育された給仕は、無言でワインとグラスを3つ運んできた。
3人掛けの席に、草加は彼女に、自分側に近づいて座るように言う。
「連れがいないと、玄人女だと思われるからな、寄ってくれるか」
そんな嘘を素直に信じる、彼女はやはり未来の人だ。
少しだけ触れ合う膝が、まだ1杯目のワインに、ほんのりと草加を酔わせた。
ワインは3分の1ほど無くなって、
曲調は、草加の知らない早い調子のものから、
ゆっくりとした調子のワルツに変わる。
人々は身を寄せ合って、落ち着いた3拍子を刻む。
草加は知っている。
こんな場所で、だいたいの場合、ワルツの後に来る曲は。
「・・・・さん、踊らないか、人々の写真も撮りたいだろう」
見え透いた口実を付け足しながら、
それでも紳士然と、こんな場所での礼儀に倣って、片手を差し出す。
角松が怪訝そうな目で草加を、心配そうな目で彼女を見てはいたが、
草加はそれを無視した、ふりをした。
「ええ、喜んで」
微笑んで、短い白手袋に包まれた片手を、彼女は草加の手に乗せた。
列車の中で、草加が手袋越しに触れた、その小さな手は、
今度は、彼女が手袋越しだ。
巡り合わせが悪いのかもしれない。
あのホテルの一室で、薬指で少しだけ、唇には触れたのに、
この手には、未だ一度も触れられていない。
「踊れるか?実はわたしは、先導できる程には、ダンスに長けていないんだ」
「ご心配なく、社交ダンスはマナーの1つですから」
その小さな手を、悔しいが手袋越しに握り、
草加は彼女を伴って、ホールの中心へと足を勧めた。
「草加さん、わたし、浮いてないかな、大丈夫?」
小さな声で問い掛ける彼女の、顔の位置が、いつもより近い。
そういえば、ダンス用に踵の高い靴を贈った事を思い出す。
なぜ女性はダンスのために、あんなに踊り難そうな靴を履くのかと、
買ったときには疑問に思ったが、こういう効果があった訳だ。
「大丈夫だ、溶け込んでいる、問題無い」
草加は、またや小さな嘘をついてしまった。
浮いてはいないものの、溶け込んでいるのは大嘘だ。
彼女は、このホールの中で、
誰よりも綺麗で、誰よりも光り、誰よりも目立っている。と、思う。
ともすれば、彼女と踊ろうと草加の後釜を狙う、
有象無象の男たちの、視線を排除する行為に草加は励む。
しかし彼女は踊りながら、仕込んだカメラで撮る、時代の画に夢中で、
そんな視線も、そして草加の視線にも、全く気づいていないようだった。
気づかれないのを良い事に、
辺りを見回す彼女の横顔を、いつもより近い位置から見つめた。
それにしても彼女は、ダンスが上手い。
写真に集中しているだろうにも関わらず、
規則的に刻まれたワルツのリズムに、滑るように体が動いている。
その細い腰を、ダンスを口実に抱いて、彼女を見つめながら、
どうかすると草加の方が、先導されている形になる時もある程に。
草加の技術は、過去、英国に駐留した際に、上官から礼儀として叩き込まれ、
僭越ではあるが、多少の自信もあったものだが。
「さん、上手いな、踊り慣れている風だ」
つい、口から出てしまった。
「そんな事ないと思うけど」
「さっきからわたしの方が先導されている程だ、どこかで学んだのか?」
「高校の時、ダンスパーティは年中行事だったから、そのせいかな」
未来の学校では、ダンスも教科の1部らしい。
もうそろそろワルツの1曲が終わる。
草加は知っている。
こんな場所で、ワルツの次に来る曲は。
「・・・・さん、寄って、曲が変わる」
曲のせいにして、細い腰を寄せる。
踵の高い靴を履いた彼女の、顔の位置は更に近づく。
耳打ちするように、頬を掠める。不思議で甘い香りがする。
襟元の開いた服、白い肩が草加の胸元にあたる。
「草加さん、わたしこれ、踊ったことないから、もう、フロアから、」
「良い、今度はわたしが先導するから」
チーク・ダンスだ。
先導するからなんて、これはさすがに気づかれているだろう。
曲を理由に身を寄せる、視線と気持ちの先は、下心だ。
触れそうで触れない、彼女の肩と胸元に、甘いハプニングを期待する。
例えば誰かにぶつかるとか、足がもつれるとか、そんな物で良い。
いくら草加でも、抱きしめる理由までは、計算しきれないから。
5分はあるはずの1曲。
ほんの数秒で終わったように、草加は感じた。
最大の努力で牽制はしていたものの、
やはり雑多な男共の、好意の視線は拭いきれず、
その曲の終わりで、彼女はパートナー代えを余儀なくされた。
「さん、何かあったら呼べ、席にいるから」
「うん、大丈夫、ありがとう」
柔らかく微笑んで、長身で金髪の男に手をとられ、
社交の場に混ざっていく彼女の背中を、
見えなくなるまで見つめてから、席に戻ると、
「・・・・随分と仲が良さそうだったな」
ワインを傾ける角松の、皮肉な一言が身に滲みた。
「案外、仲が良いと思っているのは、独りよがりかもしれん」
表情が薄く、能面と揶揄されてきた草加の苦笑は、
果たしてどこまで通じただろうか。
******
角松は、少しの会話の後、
社交の煌びやかな世界に、女性に手を引かれて行った。
草加は、今度は1人で、グラスを空ける。
ホールの中に視線を流す。
彼女は今、どこで、誰に、手を握られているのだろうか。
白い足も、贈った靴も、人ごみに紛れて見つからない。
彼女は英語も出来るから、誰かの席に呼ばれているかもしれない。
壁際の席に、視線を移す。
人と人の、合間に。
そこに、まさか、
彼の顔があるとは。
津田、一馬。
いないはずの人間。
交わった視線と、近づく影に、
冷たい汗が、背中を流れた。
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〜無骨だが・・・・優しい後書きだ〜
いや照れるね、そんな事言ってもらっちゃうと。と、またもや脳が悪い発作です。発作止めの注射を!ケツに!ブッ込んで!
まあ今回は展開予想されても仕方なかったかな、の回。服も靴も贈っちゃって化粧までしちゃったしね。
良いの、書きたかったから。良いの、展開読まれても。良いの、殴られても。良いの、拳もダンスの一部。ケツに!拳を!
チーク・ダンスという和製英語を出したかったんですのよ時代考証とかガン無視で。いいじゃん非営利弱小二次創作。これもう免罪符。
良い感じに原作とニアミスするのは楽しいです。ちょ、おま、そこで、消えちゃうの、みたいな。ニアピンです。パー。ゴルフ?いや頭の方。
1作目から張ってた、ゴミのように小さな伏線。ヒロイン留学経験ありの英語堪能。やっとこの辺から使えてくる。よっしゃ!ゴミ!
英語も中国語もドイツ語も広東語も、あたかもジャパン語のように話せてしまうかいじマジックですが、普通に考えて無いやろ。
だってモンゴルの大平原の小さな家の人とか、普通に日本語で流暢に会話してっからね。バイリン!世界皆バイリン!国民皆兵!
せめて二重ふきだしとか使えよかいじ。字体変えるくらいしろよかいじ。読者戸惑うよかいじ。大好きだかいじ。がんばれかいじ。
全然関係無いけど、原作、ダンスホールで草加と角松が座ったソファ。3人用ぽくて良かった。話進まねえもん。
あとダンスホールに入ってから、草加と角松の会話までのタイムラグ。これもあって良かった。話まじ進まねえから。
原作ガン見でプロット立ててましたが、かいじの画力に本気でゲロ吐きそうに感動した。上手すぎる。好きすぎる。好きだ!
ベテランプロの漫画家に上手すぎるもクソも無いですが、本気で上手い。表情が特にヤバい。クッソ上手い。クッソー!
2巻166ページ、下2コマの草加の表情の移り変りとかさ、まじすごくね?まじどんだけ?ゴッドじゃん?普通に。
次回、まったりウルルンシンガポ編、ラストなのでスパートかけます。誰に?決まってんじゃん。色素薄い電波にだよ!草加!