君はマーメイド!
act.13〜魅惑のハイビスカス
早朝に出発した列車は、午後には昭南に着き、
角松と草加は、目的である補給のために、船舶運営会の扉を叩いた。
当然だが室内では、帽子を被ったままではいられない。
しかし女では、軍属と称するのに無理がある。
それは彼女も充分に承知していたようで。
街の中心にあるホテルの一室について、彼女は角松に、
「角松さん、ネクタイにピンカメ、つけさせて貰っても良いですか」
理解できない、未来の言葉を使って話す2人に、
僅かな疎外感を覚えながら、草加はその遣り取りを見守っていた。
「ピンカメ?服の中に隠れる大きさなら大丈夫だが」
「良かった、片桐さんのパパラッチグッズなんです、借りてきました」
「ロクガするのか?ロクオンも?本体は俺が持てば良いのか?」
「リアルタイムの受信は危険ですか?市内ならギリギリ圏内なんですけど」
「軍が哨戒しているだろうからなあ」
そこで彼女は、不思議な機械を角松のネクタイ結び目に取り付けながら、
「草加さん、軍って電波の傍受とかしてますか?ドーガと音声です」
大きな瞳で、やっと草加を振り返った。
それでも、草加にとって意味不明な単語を使っている事は、2人は解っていないようだった。
「音声電波は、傍受される危険がある」
解らない単語は無視して、知っている単語の所だけを答えた。
列車の中では、あんなにも距離近くに座っていたのに、
やはり60年間の隙間は、簡単に埋められるものではない。
じゃあ音声だけ録音にします、画像はジャックしますね、
そう言って、草加が与えた鞄の中から、持ってきていた薄い本のような機械を取り出し、
様々な色の電線を繋ぎ、手元に配された沢山のボタンを叩き始めた。
「バッテリー大丈夫か、ここにはコンセントは無いぞ」
「スペア持ってきてますから」
最後まで理解できない会話をして、角松は内ポケットに黒い機械を、
草加は鞄に偽造した軍機書類を、それぞれ入れて、ホテルを出た。
ピンカメ、リアルタイム、ドーガ、ジャック。
それは草加も得意とする、英語に似た単語ではあったが、
記憶の引き出しを探っても、その意味は明瞭にはならなかった。
******
陽は水平線に傾き、その色を白から橙、赤に変える。
赤道直下のこの島でも、夜に変わる空気は冷える。
街路に並ぶ椰子と蘇鉄が、涼しい風に揺れる。
角松は軍の単語の発する威力に、殊更驚いていたようだったが、
どこの国でも軍の力とはこんなものだ。但し、1942年の今に措いては。
未来、角松の属する武力集団、自衛隊とは、軍では無いと本で読んだが、
あれくらいで驚くようでは、一体彼らの立場はどれだけ低いのだろうか。
草加は帰り道、女性の良く出入りする、1軒の店に立ち寄って、
服や靴や、化粧品、とりあえず必要そうなものを一式揃えて、軍票で支払った。
内地から起業に来たのだろう、帝都の流行に身を包んだ店主が、
男前の将校さん、これから求婚でもしに行くのですか、と、笑ったものだから、
余計に香水やネックレスを付け足して、わざわざ旬のムクゲの生花まで添えて、包んで貰った。
これで花束か、チョコレートの1箱でもあれば、完璧かもしれない。
半年くらい前に上官が、西洋風の求婚で、成功したという話を思い出した。
花を添えた包みを抱えるその姿を、角松が皮肉な目で見ていたのは気にしない。
ホテルに戻った草加を見た、受付の案内役が、
シャンパンでもご用意致しますかと聞いてきたが、さすがに笑って断った。
「・・・・さん、入っても良いか」
できるだけ優しく聞こえるようなノックを3度、
草加は角松の部屋の向かい、彼女の部屋のドアを叩いて聞いた。
中から、どうぞと、ノックに負けない優しい声が届いて、ドアを開ける。
草加の部屋を鏡写しにした間取りの、彼女の部屋は、
窓が開け放たれて、夜の色に染まりつつある東の空から、涼しい風が流れていた。
「お帰りなさい、戦果は上々?画像は見てたけど」
微笑む彼女の問いには答えず、買って来た包みを差し出す。
飾られたムクゲの花は、南国の熱気にもまだ萎れず、生気を保っていた。
「これを。・・・・あなたに買って来たのだ」
言ってから、ふと気づく。
そういえば家族以外の女性に、贈り物をしたのは、人生でこれが初めてだ。
モノとヒトの溢れる未来。
そこに生きる彼女は、60年前からの贈り物には、
果たして。
「・・・・すごい、何、綺麗、・・・・ありがとうございます、」
一瞬戸惑ってから、緩々とその不思議な輝きの瞳を開き、
草加より幾分低い位置から、嬉しそうに視線を上げた。
喜んでくれた、ようだった。
まだ包みを開ける前から、放たれた綺麗の言葉は、
たぶん、飾られたムクゲに対しての言葉だろう。
早合点して気を利かせた店主に、今更になってほんの少しの感謝を覚えた。
彼女はその場で包みを開けて、更に草加にありがとうと言葉を続ける。
女の服の流行など、爪の先ほども解らないが、
彼女の髪の色、彼女の肌の色、瞳の色を、瞼の裏で何度も繰返して、
1番似合うものを見繕って貰った。
店には似たような服が何着も掛かっていた。
きっとその形が内地で流行っているのだろう、上下つなぎのスカート。
「可愛い、ワンピだ、ミュールも、」
中身の1つ1つを、確かめるように広げながら、嬉しそうに伝わる言葉に、
その服はワンピ、と言い、その靴はミュール、と言うのかと、今知った。
それからコロン、ルージュ、ファンデ、チョーカ、も、今知った。
女の持ち物とは、何と横文字が多いのか。
ついでに、嬉しそうに言葉を繋ぐ彼女に、
「喜んでもらえたようで何よりだ、着替えてみてくれるか」
調子に乗って言ってはみたが、やはり着替えは部屋を出された。
習慣の違う未来でも、この辺は今と変わらないらしい。
少し間を置いて、もう一度、彼女の部屋の扉を叩く。
窓から流れ込む夕刻の風に。
「ね、変じゃない?大丈夫かな」
初めて見る、彼女のスカート姿。
開いた襟口に、華奢な鎖骨が白く浮いて。
陶器のような手から繋がる、折れそうな腕、小さな肩。
振り返って揺れた裾から覗く、真っ白な細い足。
「・・・・あ、ああ。大丈夫だ」
不覚にも、言葉に詰まって。
その存在の、上手い形容が思いつかなかった。
綺麗、以外には。
どんなメイクがマナー?これはファンデだよね?グロスは必要?
贈った数種類の化粧品を見比べながら、彼女は草加に問うたが、
そんな事を聞かれても皆目知らないし、第一何を言っているのかすら解らない。
化粧などせずとも充分だと、草加は思ったが、
そういえば女は化粧も、礼儀の一つだと聞いたことがある。
女と言うのは、やはり何とも、面倒臭い。
未だ化粧品を机に並べて、未来と今の化粧の差に悩む彼女に、
戦力外も甚だしいが、草加は一応、隣に座った。
「すまん、わたしもこの分野は知識が無い」
英語、ドイツ語、中国語。諜報、情報操作、暗号解読。
そんな事ならいくら聞かれても、答えられる自信があるのに。
意味無くその道具を覗き込むふりをして、また、少しだけ距離を詰めた。
「これはファンデにしては白いよね、パウダーだとしたら堅いし、
白浮きしても良いものなの?ベース無しで直置き?ハイライトだけ?」
やはり何を言っているのか、解らない。
これは未来の言葉なのだろうか。それとも、今の女に聞いても解るのだろうか。
テーブルの上に置かれた、金や銀の筒や小箱。
小さい頃に見た、母の持ち物に、似ているような気もするが、
やはりどう使かっていたのかまでは、思い出せなかった。
隣で頭を抱える、彼女の頬は、買って来た化粧品よりも、白い。
「さん、これだけで、良いのじゃないか?」
草加は、机の上にあった、銀色の貝のような容器を手に取った。
小花の彫り細工の施してある上蓋を開ける。
中身は一面、咲き誇るムクゲよりも、鮮やかな、
「・・・・ルージュだけで良いの?」
紅だ。
これだけは、使い方を知っている。
母が鏡台の前に座って、身支度をしている幼い記憶。
飾り気の無い母だったが、何か行事がある日には、
拓海さん、ちょっと待っててね、今準備をしてしまうから。
庭に咲く、曼珠紗華に良く似た色を、薬指に乗せて。
艀作業や戦闘訓練、海で生きる者特有の、骨ばって丸い、その薬指を、
ムクゲの紅に似た色に、乗せる。
指の先が、その色に、ほんの少しだけ染まる。
「草加さん、さすがにそれくらいは、自分でできるから、」
彼女は白い手で、草加の紅色に染まった薬指を、制しようとしたが、
「良いから、ほら、」
空いた方の手で、彼女の顎に触れ、顔を向けさせた。
今までの最短距離で交わる、視線。
彼女の顎を持つ手。
長椅子に座る2人。
もし今、薬指が紅色で無かったのなら、まるで。
「・・・・じゃあ、お願いします、」
瞳を閉じて、それをし易いように、少し上を向いた彼女の唇に。
薬指より、別の場所が、吸い寄せられそうになるのを。
一度、目を閉じて、必死に心を落ち着けた。
紅色に染まった指で、初めて触れた、彼女の唇。
それは、仄かに温かく、その瞳に似て潤い、柔らかく、
「・・・・これで良いだろう、出来た」
触れた指先が、少しだけ震えた事に、
果たして彼女は気づいただろうか。
薄い紅色を唇に乗せた彼女は、ゆっくりと瞳を開く。
「ありがとう」
もう外は真っ暗になった東の窓から、夜の空が流れ込んで、
薄暗い部屋の中、草加の隣で微笑んだ彼女は、やはり、
「綺麗だ」
言葉を受けて彼女は、もう一度微笑んだ。
紅色が、鮮やかだった。
彼女を伴って角松を迎えに行くと、
その部屋は西側で、未だ夕陽が明々と、橙の空が窓を切り取っていた。
角松は彼女に、
「お、何だ、綺麗だな」
彼女の部屋で、草加が放った、そのたった3文字を、
あまりにも簡単に、言った。
昭南の陽は、海を染めながら沈む。
幾分涼しくなってきた風に、椰子と蘇鉄と、彼女の髪が、
流れるように、揺れた。
![]()
〜さあ行こうか、あなたの知らない後書きがあるぞ〜
そんなもんいらねえな良く考えたら。てゆうか前作から今作までに、原作だと8ページしか進んでない!遅い!アホ!死ね!
前作、角松のいらん1人称の段落もあってか、草加の甘やかしが文字通り甘かったので、今回給油!タンカー!
ドリ出馬せん馬の1人称ほど無駄なもんは無い!え?片桐さん?あ、すみません、間違えました。片桐さんは別なんで、はい。
服だの靴だの化粧品だの花だの添えて、いらんテンションでアゲアゲ!渋谷!ギャルの聖地!109!金曜深夜だ!
夜の雰囲気を出したかったがため、ヒロインの部屋割りを東側に。角松の、部屋明るすぎるよ、太陽が。あ、一句読めた。
今メジャーな指輪求婚は、戦後になってから流行りだしたと聞いたんだけども、海軍のリベラルさと外国好みの風紀を出したくて。
花束やらシャンパンやらチョコレートやらの習慣を知っている草加さんはお前海軍だよ!すげえよ!まじどんだけ!
本文中にヒロインを女、と形容する書き方をしましたが、100パ蔑視とかじゃなく、その時代に若い男がよく使っていた形容として。
菊池書くときは大丈夫なんだけどね、帝国サイドはね。いつもいつもビビってます。フェミニズムからテロられたらどうしようと。
まあこんな非営利クサレ二次創作しかも弱小だし、検索避けかけてるし、大丈夫かな。チ、チクらないで!お願いします!
すげーヒヤッヒヤした!今回草加ヒロインにチッスしちゃうと思ったよ!でも寸止めしたよ!く、薬指が!紅く!・・・・どうもねえな。
こんな初期段階で草加に甘い汁は吸わせません。ムクゲ。蜜の味。ちなみにムクゲって草加は言ってるけどあれハイビだから。
ハイビの和名はムクゲじゃないけど、花とか服とか化粧品に草加が詳しかったら正直、ヒくべ?うわまじできもーみたいな。
次回、まだまだ草加でひっぱります。ダンパじゃん。シャルウィ(以下略)。つか津田って話?