君はマーメイド!
act.12〜パーム危機、パーム嬉々。
ようこそ我が時代へ、角松二佐、記者。
ここからは、あなたたちがゲストだ。
彼女は、髪を切ると言って聞かなかったが、
草加はそれを全力でなだめて鎮めて、
髪を上げて、仕舞える位の、大きな帽子を与えた。
角松と同じく、軍属という立場を演じるからには、女性である事は危険が大きい。
店にあった一番小さな寸法の背広と、一番小さな靴。
帽子の中に髪を入れれば、
「・・・・大丈夫ださん、ちゃんと少年に見える」
「こんな危ない道渡らなくても、髪に未練は無いのに」
着慣れない風の背広と、履き慣れないらしい革靴を、
振り返り、姿勢を正し、また振り返り、着姿を何度も確かめながら、
彼女はまだ、髪の事を気にしている。
髪は女の命とか、古来からの言葉を、草加も知ってはいるが、
危険を減らせるには、丸坊主にでもなってもらえば良かった。
しかし。
あの何とか言う、髪専用の美容液に、
不思議な色に輝き、花に似た香りを運ぶ、彼女の髪。
何より草加自身が、それを失いたくなくて、
「ほら、ネクタイはこう結ぶんだ」
襟元を正すふりをして彼女に近づいて、
無事に残った髪の、不思議な輝きと香りを、確かめる。
ありがとう、と、見上げる視線が、南の太陽よりも草加を射した。
機関車はシンガポール、否、昭南まで続く線路を走る。
角松は暑いと言って、帽子で顔を扇いでいたが、
その隣に座る彼女は、まさか帽子をとるわけにもいかない。
出来るだけ涼しいようにと、綿でなく麻の上着を着せはしたが、
昨日に比べ少なくなった口数が、暑さと緊張での消耗を物語っている。
草加の隣に座った、関西弁の男が、
なあ、僕はまた、えらい小さい軍属さんやなあ、な、僕、将来は軍人さんになるんか。
と、さも親しげに話しかけてきたときは、
顔には出さないものの、草加も角松も、一瞬背筋を凍らせたが、
彼女はそれに、はい、と一言だけ小さな声で答えて、
すぐにまた、窓の外を眺めた。
消耗で会話も億劫なのか、それとも声の高さでばれる事を案じたのか、たぶん後者だろう、
関西弁の男が、はは、照れ屋さんやな、将校さんの前で緊張しとるんかな、と、
笑った時、ほんの少しだけ安堵の息を漏らしたのを、草加は見た。
明らかに疲れている、その横顔。
機関車、早く、昭南に着け。
そこで草加は、ふとある事を思いついた。
そう言えば角松も彼女も、昨日から殆ど何も食べていない。
特に彼女は、眠りも浅かった気がするし、相当堪えているのではないか。
慣れない暑さ、慣れない背広、慣れない時代。
白人のように白い頬の、顔色が悪い。
眠りと覚醒を行き来する2人を起こさないように、
草加はそっと、席を立った。
******
突然の揺れと、ざわめきで、俺の頭は完璧に覚醒した。
憲兵だ、検問だぞ、と、車内に軽い、不安と恐怖の声が響く。
窓の外を確かめると同時に、隣に座る小さな体温の存在を確認した。
こりゃ抗日ゲリラか、敵性華僑狩りでんな、
日本の憲兵はナチのゲシュタポ以上や言います、連行されたら五体満足では帰れんとか、
僕、大丈夫やで、男の子やろ、陸軍さん怖がったらあかんで、
関西弁の男が、さんを宥めるのが聞こえた。
それもそのはず、さんどころか、俺ですら不安がよぎる。
21世紀の技術でいとも簡単に偽造できた、軍票、通行証、身分証明。
それがどこまで通用するのか。草加は上手く立ち回れるか。
どうするのか、聞こうと思って、俺は草加を振り返る。
だが。
斜め前の席には、誰もいなかった。
「・・・・草加!あの野郎!」
思わず声を荒らげた俺の、背広の裾を、
隣の、不安に震える小さな指先が、握り締めた。
身分証明や通行証が無ければ、確実に連行される。
ナチスのそれよりもと言われる憲兵の尋問。機密まみれの俺たち。
背広にすがる指先が、性別を偽っている事など、ものの1秒ですぐばれる。
遠く、島影に隠れ、補給を待つ200余名と、
隣で、爪が白くなるまで握り締めた、細い指先。
「全員、通行証を用意しろ、身分証明もだ!」
陸軍らしい緑色の軍服と、軍靴が、この車輌にも乗り込んできて、
守らなければいけない存在が、
俺に、1度の大きな深呼吸をさせた。
俺が、やるしか、無い。
関西弁の男の、身分証明を確認しながら、憲兵は俺とさんに視線を移す。
「どうした!見せられんのか!」
「・・・・あいにく、持ってない」
できるだけ、落ち着いて見えるよう答えながら、
隣に座り、もう背広から手を離したさんに、心の中で、
大丈夫だ、安心しろ、と呟いた。
それは、さんだけでなく、俺自身にも言い聞かせている。
「俺たちは軍属だ、現在、ある作戦で海軍少佐と行動を共にしている」
当たり前のように憲兵は、訝しげな目で俺たちを眺める。
はたしてどこまで引っ張れるだろうか。切り抜けられるだろうか。
胸に提がる、銃の重みが一瞬、俺を呼んだ。
「その将校が身分を証明してくれるはずだ、詳細は・・・・軍機でね」
「きさま!なめとるのか!」
もう1人の憲兵が放った怒声に、小さな手が、
緊張の拳を握るのが、視界の隅に見える。
「で・・・・その行動を共にしている海軍少佐はどこにいる」
「さぁ、それが解らん、俺たちが寝ている間にどこかへ行ったんだ。俺たちも探してるんだが」
できるだけ、のらりくらりと余裕に見えるよう。
答える俺にもう1人の憲兵が、今度は関西弁の男に問うた。
そこで俺は、一瞬だけ明るい先々が見えた。
やはりこの時代の尋問法は自供と他者の言に頼っているのだろうか。
21世紀の最近にあった、イラク戦争時、多国籍軍の尋問官を思い出す。
彼らなら、俺とさん、それから関西弁の男も、無言で連行するだろう。
真実を答えてくれるであろう、関西弁の男の言葉に、
胸の黒い鉄器の重みが、ふわりと急に軽くなった。
しかし。
「そんな海軍はん知りまへんで」
胸が、またずしりと重くなった。
どういう事だ、この男!
「わしもこの人ら、怪しいと思てましてん」
関西弁で語られる虚言に。
訓練された速さで、黒い銃口が2つ、俺とさんの眉間に向いた。
胸の重みが、俺を呼ぶ。
俺も訓練はされている。
使ったことは無いが、きっと狙いは的確だ。
生まれて初めて、俺は人の命を奪うのか。
しかし奪った所で先はあるのか。
窓の外には、サイドカーに乗った緑色の軍服が見える。
「その腰にあるものを渡してもらおう!」
右手が、胸元に、吸い寄せられた。
体温で暖まった鉄の感触が、汗ばむ手の平に張り付いた。
「渡さんか!」
安全装置を、外す。
トリガーに、指をかける。
今か。
しかし、緊張した人差し指は、憲兵のとった意外な行動で、トリガーから逃げ去った。
「山花秀男こと、楊文元、抗日スパイの嫌疑で逮捕する!」
関西弁の男は、その嫌疑が真実である事を物語るように、
2つ銃口を跳ね除け、開け放してあった窓から、
走り去った。
俺は1つ減った銃口に、少しだけ息を吐いて、鉄のグリップを握り直す。
当然だが、残念な事に、俺たちの疑いは晴れてはいないのだ。
「きさまも本部へ来てもらおうか、楊との関係をじっくり聞かせてもらう!」
銃口は、やはり少年に見えるさんでなく、
軍人に見えるであろう、俺の眉間に、狙いを定めている。
「特務の海軍少佐と一緒にいたなどと、見え透いた言い訳が通るか!立て!」
もう一度、人差し指が、トリガーに張り付いた。
その時。
聞き慣れた海軍半靴の、床を叩く規則正しい音が、隣の車輌から近づいて来た。
麻のシャツや、背広の客が多く、
南の低い太陽に、濃い影を乗せる、車内に。
真っ白な軍服。
金色の飾諸。
黒光りする軍刀。
あの野郎!
「私に何かご用かな?」
暑さを感じさせない、嫌に落ち着き払った表情が、
もうトリガーから指は離してはいるものの、グリップを握ったままの俺の右手を、
丁度、拳の形に変えさせた。降りたら絶対殴ってやる。
けれど隣で、ほんの少しだけ安堵の息を吐く音、小さな拳がゆっくり解かれるのが見えて。
仕方なく、文句を言うだけで許してやろうかと思った。
何事も無かったかのように、
ゆっくりと正面に腰を下ろす白い軍服。
その存在に、隣の小さな背広の、肩の力が緩々と抜けるのが解って。
何故だか無性に、腹が立った。
******
角松は、怒りながらではあるものの、ちゃんとそれを口にしたのに、
彼女は、窓の外を眺めたまま、手をつけようともしない。
あそこで検問があるとは思いもしなかったから、勝手に席を離れてしまって、
まさか彼女は、怒っているのだろうか。
列車は蒸気の音と汽笛を高らかに、昭南市までの残りのレールをなぞる。
逃げる所は見なかったが、関西弁の男はスパイだったらしい。
スパイがその国に馴染むため、地方の方言を扱うのは珍しい話ではない。
自決の銃声が聞こえたのは、1時間程前。
それを耳にした彼女は、一瞬痛いような、寂しいような表情を見せたが、
今は黙って、窓の外を眺めている。
角松はまた眠ってしまったらしい。
その隣に座る彼女は、通路側から窓を眺めて、見難くはないのだろうか。
いつまで見ていても、覆い茂る椰子林しか見えないが、一体何を見ているのか。
自分の隣は空いている。自分は通路側の席に座り直しても良い。
隣に、座らないだろうか。
「さん」
角松を起こさないように、押さえた声で名を呼んだ。
起こさないように、なんて、解り安すぎる自己弁護だ。
今、彼が起きなければ、2人だけの時間になるだなんて。
「はい?」
こちらは本当に角松を気遣った小声で、視線を外から草加に向けた。
やはり顔色は優れなかった。
「その席、外が見難くは無いか?通路側から、この大きな男を挟んでは」
「・・・・別に、大丈夫、ありがとう」
言ってまた、窓の外を向きそうだったので、慌てて次の言葉を続ける。
「こっちへ移れば良い、窓側が空いているぞ」
空いている、と、言いながら草加は通路側にずれる。
わざと距離多く移動して、場所を多く取り彼女が移らざるを得ない状況を作った。
やはり彼女は、その厚意に見える計算に、逆らえなく、
ありがとうと、もう1度礼を言って、草加の隣、窓側の席に移動した。
その距離は、頬を張られて謝って、ベッドに座った、あの日の2人と同じ距離だ。
ほんの少しだけ触れ合う、膝の小さな温もりが、何故だかとても嬉しくて、
列車が揺れたふりをして、また少し、距離を詰めた。
背広の襟口から覗く、細い首元は、南の太陽に焼かれず、真っ白い。
しかし、せっかく隣に座らせたが、窓の外を見られては、さっきより顔が見えなくなってしまった。計算外だ。
「さん、まだ食欲が沸かないか?」
確実に振り向くように、わざと疑問系で話しかける。
ついでに、何か食べさせたかった。当然だが彼女は、角松より体力が無い。
角松はしっかりと補給を済ませたが、食べなければならないのはむしろ彼女の方だ。
「うん、ごめんね、せっかく買って来てもらったのに」
振り向いた彼女は、いつの間にか、かなり近くなっている草加との距離に、
一瞬、少しだけ目を丸めた。
それに気づかないふりをして、草加は言葉を続ける。
「食べなくてはもたないぞ、ここは暑いし、慣れない土地だ、体力を使う」
「うん、解ってるんだけど」
「もっと別のものを買ってきた方が良かったか?」
「ううん、違うよ、大丈夫」
「じゃあ・・・・怒っているのか?わたしが席を離れたから」
「全然、それは無いから」
怒っている事を、全否定する彼女に、草加は全力で、優しそうに見える笑顔を作った。
笑顔には、緊張を解くだけで無く、相手を迎合させる効果がある。
彼女の食べない理由は、何となく解っているつもりだ。
握り締めた拳に、帽子に隠した髪に、着慣れない背広に。緊張とは、体調をも、変えるから。
「怒ってないのなら、少しでも補給してくれ、心配だ」
「心配かけてごめん、でも、本当に、大丈夫だから」
「聞き分けが無いな、最後にはわたしが怒るぞ、怒らせると怖いんだ、わたしは」
怒る気など、否、怒れる自信など、毛頭無かったが、言うだけ言ってみた。
すると彼女は困った顔をして、黙ってしまった。勝ったかもしれない。何への勝負かは、解らないが。
「さあ、」
草加は、窓際に置いた黄色の、1番小さな1つをもぎ取って、
「一口入れれば、意外に食べられるものだから、な」
もう嫌とは言わせない状況を作るため、食べやすいようにその外皮まで剥いて、
彼女の手を取り握らせ、その上から自分の手を重ね、口元近くに運んだ。
海軍将校の制服を着た軍人が、幼い少年に餌付ける、それは不思議な状況だったが、
他人の視線に気づいていないそぶりをしながら、大きな瞳に目線を合わせた。
白手袋越しに包んだ、彼女の華奢な手は、
何故、手袋を外してから行動に移さなかったのか、軽率だった。悔やまれる。
「ほら、食べなさい」
彼女はかなり戸惑いながらも、先端だけ齧り、小さすぎる一口を、努力しながら嚥下して、
「・・・・うん、おいしい、ありがとうね」
味なんて全く解っていないだろう、明らかに無理をしながら礼を言った。
緊張で無理矢理に飲み込んでいるのは理解できるが、無理にでも食べさせたかった。
それから。
「あの、草加さん、もう自分で食べられるから、手を、」
何でも良いから、手を握ってみたかったというのは、秘密だ。
「・・・・ああ、これは、失礼、あなたに食べさせるのに必死で、わたしとした事が」
殊更、たった今気づいたような顔をして、名残惜しいが、その温もりを離した。
汽笛は、南国の空に高く響く。
昭南まで、あと3時間。
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〜後書き!抗日スパイの嫌疑で逮捕する!〜
そりゃ困るよ。逮捕されたら続き書けねえじゃん。獄中に!獄中にノートとペンを!害虫が!最後の言葉を放つ!大丈夫か。脳。
さて、まずとりあえず言い訳から入るか。え、何だその姿勢。どっか後ろ暗いの。どっか悪いの。ああ、主に脳と顔です。致命傷。
言い訳その1。山花秀男こと楊文元の、関西弁。句読点の変更はあるものの、文自体は原作からみっちりリンクですが、
ヒロインに呼びかける言葉を付加させたとき、この害虫の関西弁への無能さは園児の嘘より明らかです。ごめんなさい。
言い訳その2。長い。無駄に長い。下手の長糸、とはこの事。早く文章切れ!つーか早く死ね!はい、ごめんなさい。長い。
本当は2段落目の角松1人称、丸ごとカットしようかと思った。けど載せ。貧乏だから。ヒロインの緊張煽りたいしね!しね!死ね!わー!
てゆうかこんな日本語も虫語も曖昧模糊な害虫が文と言う名のゴミを排出してるだけでもう既に言い訳必要なガンですね。
草加シンガポ!バナヌ編!ですが、バナヌと言う単語を文中に出さないように必死の攻防でツバ競り合いです。カキーン。
バナヌ、と言う単語は、出すだけで何となく卑猥な感じがしてしまうのはこの害虫の脳がカキーンだからですか。ツバ吐かないで!
ボーイズラブを扱う色々なサイト様でも、バナヌはいわゆる一つのナイスなメタファのようなので、草加!言うな!バナヌ!
今回のサブタイ、早口で2、3回言ってみそ?パームキキパームキキ。何か南国の言葉ぽくね?そんだけ。
シンガポ編、この長さで1作だったらもう暫く草加がチャージングプッシングトラベリング、文字通り旅、かな。ウルルン。
次回、昭南市、着きます。もう角松には喋らせません。あいつ妻子持ちじゃん。アウトオブ眼中だよ。