あいつもこいつもあの席を
ただ1つ狙っているんだよ


学園天国



外に出ると、もう陽も落ちきった、午後9時過ぎの春の空。
昼間は燦々と日に照らされ眩しい色彩を放つ、玄関前広場の桜並木も、
この時間になると、月明かりだけを頼りに、どんより紫色で、
残務を終えたは、少しだけ背筋が冷えた。




基本的に軍に属する者は、男女年齢関係無く、
入隊してすぐに、一通りの護身術と格闘術を覚えさせられる。
それは、戦場において自らの身を守るためであったり、
また、身を挺して上官なり皇族なりを守るためであったり、理由は多々ある。

だが、あらゆる部署・部隊の中で、諜報部だけにはその権利は無く、
それとは一種異なった事を覚えさせられる決まりになっていた。

それは自害法である。

諜報部は他の部よりも特に目立って、国家機密、軍事機密を管理し、守秘する義務を持つ。
戦場や日常において、拉致、捕縛などされたときに、
命に代えてその機密を守るために、ありとあらゆる自害法を身につけさせられるのだ。
それはも例外では無い。

の奥歯には数種類の毒物が、いつでも噛み砕けるように埋め込まれているし、
背中には遠隔操作で内臓から自爆できる、極小の爆薬チップが挿されている。
12のときから外すことの無い、左耳3つめのピアスも、神経毒のマイクロカプセルだし、
過去に、機密保持のためならいつでも死ねるし、殺される、と言う書類にサインもした。

使い捨てのロムのようなものなのだろうか。
誰かが死んでも、下から誰かが昇進するし、諜報部だけは自害でも殉職扱いにされる。

だがは、18になる今年まで、何とか生きてきた。




暦の上では春最中なのに、今夜は特に冷える。吐く息が薄ら白い。
人通りの少ない官舎から大通りまでの道を、は早足で歩いた。
今日の午後に、年長の副官から聞いた噂話を思い出した。

先週辺りから官舎の近くに、変質者が出ているらしいですよ。
世も末ですね、それとも春のせいかな、軍の近くに出没するなんて。
下半身裸にコートなんて、古典的な事をやるらしいですよ。
もう若い女性が4人も被害に遭っているとか。
閣下もお気をつけ下さいね、他の提督方と違って閣下には体力も腕力も無い、
もし何かあったら、御身を守る術が、自害しか無いのですから・・・・

不謹慎よ、失礼ね、と、何の気にもせずその時は流した。
まあ考えてみれば、下半身裸にコートぐらいなら、
多少気持ちの悪い思いをするだけで、自害するまでのこともないだろうが。

だが、現在午後9時過ぎ。

大通りまで出れば人通りもあるし街も明るいが、
官舎からそれまでの道程は、街灯も少なく人通りは皆無と言って良い。
どうせこの辺りは、腕に自信の有る軍人しか通らないし、
変質者の被害にも遭わないだろうと、建築当初、街灯の設置を渋ったのだろうか。
方向違いの逆恨みとは解っていても、
は気遣いの薄い建築者を恨まずにはいられない。

大通りまでのアスファルトが、やけに長く感じる。
意識せず早足になって、白い息が控えめに弾み始める。
それに合わせて、執務書類やポーチを入れた私物のトートバッグも、小刻みに揺れる。
肩にかけたトートバッグを、落ちないように引き上げたとき、

目前の木陰から、あまりにも解りやす過ぎる。

コート姿の、中年男が現れた。

どこにでもありどうなミディアムコートの裾から覗く、
2本の貧弱な脚は、裸足に靴。予感的中もいい所だ。

まさか自分が出会うとは!
呆然とその場を動けないの目の前で、
中年男は羽織ったコートの前を、
広げた。




・・・・!!!!




騒げば騒ぐほど、変質者の思う壺だとは解っていつつも、
生まれて初めて見る、見てしまった、
自分には無いその男性器官。

の恐怖と嫌悪は叫びになって、暗い路地の空気を、盛大に震わせた。

男は弛んだ腹と、にとってはモザイクでもかけたいソレを見せ付けながら、
一種自慢するかのように、ゆっくりとに近づく。
足の速さに自信は無いが、幸い少し背後にはたった今退出してきた官舎があるし、
逃げ出すことも、助けを求めることも出来るだろうが、
の脳内は、驚きと動揺と、気持ち悪さ、吐き気、色々な不快で、パニックを起こしていた。

立ちすくんだ脚は動かない。
震える手も言う事を聞かない。
目の前には醜い中年と・・・・

変質者が、あと1歩での身体に触れようとしたとき。




「ハットトリックー!!!」




半瞬、
の視界が右端から、一気に濃い青色に染まった。

次の一瞬で、
それはデニムを履いた長い脚が、変質者の顎を、強か蹴り上げたのだと解った。

蹴り上げられて、半裸の変態中年は宙に浮き上がり、
5メートル先の鉄製フェンスに、叩きつけられた。
コートが捲くれ、弛緩した奇妙に白い尻が、地面に臥した。

危機を逃れたの脳が、ここでやっと起動を始める。
気絶したらしい白い尻から目を移し、横を見やると、
デニム履きの長い脚の持ち主は、

「ビッテンフェルト選手ー!ゴーーール!決めましたー!!」

先週高い視聴率を誇ったサッカー大会の、
実況と選手を兼ねて演じ、盛大なガッツポーズをしていた。

まさか、彼に助けられるとは。
でも何なんだこのテンションは。
せっかく助けられたのにも関わらず、の脳は安堵より、
ビッテンフェルトの言動への疑問の方を激しく強調した。

そこにもう一人、大通りの方から小走りで、ビッテンフェルトを追ってきた者がいた。

「・・・・提督!いい加減にして下さい!近所迷惑ですよ!」

「いや、今俺は1万人のサポーターの前で華麗にゴールを・・・・」

「何言ってるんですか!だから飲み比べなんか止めようと言ったんです!」

ビッテンフェルトは、未だ幻の1万人からの声援に酔いしれている。
だが酔っているのは声援にでは無く、どうやらアルコールにであるらしい。

追ってきた人物は、そこでやっとに対して済まなそうに声をかけた。

「・・・・申し訳ありません、上官は少々酒が入っておりまして・・・・」

丁寧に言った瞳は砂色、髪も揃えたような色で、
若々しい頬は少しだけ赤く上気している。
酒が入っているのは彼の上官だけではないらしい。

「ご迷惑はおかけしませんでしたか、いえ、大声でもう充分迷惑だとは存じますが・・・・」

言葉の途中で、その砂色の両目が見開かれを注視し、絶句した。
は思った。自分の顔に何かついてでもいるのだろうか。
だが彼はすぐに言葉を取り戻した。そしてにとっては意外な言動をとったのだ。

「!・・・・ちょ、諜報局副総監・フォン・大将閣下!重々のご無礼失礼致しました!
 小官は、第5艦隊所属ナイトハルト・ミュラー中佐であります!」

アルコールにふらつくらしい身体でも、精一杯に敬礼と謝罪を述べた。
はやっと気付いた。そういえば今日自分は、軍服を着ていたのだ。
でも階級章から所属は解るとしても、何故の名前までを知っていたのか。
けれどもとりあえず挨拶をされて、返さないわけにもいかない。

が発言しようとしたとき、今度は横で声援に酔っていたビッテンフェルトが、
弾かれたように振り向いた。

「・・・・!?今と言ったか!?」

大将閣下をファーストネームで呼び捨てた態度に、激しく恐怖したミュラーの表情と、
こんなところで嘘を謝る機会を作ってしまい、少々消沈したの表情が。

!こんなところで会えるとは!」

ビッテンフェルトの上気した頬に輝く弾ける様な笑顔が、
ゆっくりと驚きと疑問に変わるその様を、は苛烈な後悔を繰返しながら見つめていた。

・・・・何故、卿は軍服なんか着ているんだ?」




、何たる失態。
ここが年貢の納め時。
軽々しくついた嘘を、
今ここで、綺麗さっぱり清算せよ!




「あの、ビッテンフェルトごめんなさい、あたし・・・・




_________





フェザーンで買った細い銀製の腕時計は、午後10時を指している。
もうシャッターを閉めた店の多い、それでも明るい大通りを、
とビッテンフェルトはゆっくりとした足取りで、
の泊まるホテルの方向へ、並んで歩いていた。

「・・・・ミュラーの予言は当たっていたんだな」

「え?」

ビッテンフェルトの小さな独り言を、が聞き返す。

「いや、・・・・閣下の、お名前を彼が存じておりまして、
 そのときは同姓同名だと思い込んでいたのですが・・・・」

敬語になったのが悲しかった。

「ううん、あたしも、早く言ってしまえば良かった。
 あの・・・・ビッテンフェルト、」

「はい。如何致しましたか」

並んで歩いていても、上官に呼ばれたときは、顔ごと目を合わせる、
その礼儀が、この際には恨めしかった。

「土曜日に、あたしを助けてくれたときは、敬語はいらんぞって、言ってくれたよね?」

「はい・・・・まさか大将閣下だとは存じませず、数々のご無礼をお許し下さい」

「・・・・違う!」

声を荒らげたの、悔しそうな表情に、
彼女の言わんとしたい事を、ビッテンフェルトは気付いた。
でも、こればかりは自分からはどうにも出来ないのだ。
何故ならは大将で、ビッテンフェルトはたかだか大佐なのだから。

「俺の友達はみんな気安いって、も敬語はいらないって、
 また今度会えるかって・・・・言ってくれたでしょ?!」

、閣下、」

「公事ならまだ解る、部下に示しがつかないから、でも、今は、違う!」

感情の高ぶりのあまり、駄々を捏ねる幼児のように、
はその場に立ち止まり、黙り込んでしまった。
成すべき事を見出せず、ビッテンフェルトも拙く立ち竦む。
広い2車線を通り過ぎていく車の列が、やけに早く感じた。

ちょうど3歩分の距離を保って、凍結したその沈黙を、
どうにか打ち破ったのは、ビッテンフェルトだった。

「閣下、いや、・・・・すまん」

以前のような柔らかい態度に戻ったビッテンフェルトに、
の銀色の視線がゆっくりと注がれた。
街灯りを反射して輝く大きなダイヤモンドのようなその輝きに、
ビッテンフェルトの心臓は意識せず、熱を持ち、跳ね上がる。
何を考えているんだ俺は、今はそんな時じゃない、まだ酔っているのか。

「やはり俺は、大佐だし、変に気を使うのも悪いとは思ったんだが、でも、」

「・・・・ありがとう、ビッテンフェルト」

不器用にしどろもどろするビッテンフェルトに、
の微笑みが被せられた。

その笑顔は、土曜の午後、公園で見たものと同じだった。




あんな不快な事件があったばかりだからと、
ビッテンフェルトはホテルの前までを送った。
大通りでは3歩分あった2人の距離は、1歩分まで縮まっている。

「護衛ありがとね、ビッテンフェルト」

「当然だ!あんなことがあったばかりだしな」

本当はあんなことが無くても毎日でも送りたい、という一言を、
ビッテンフェルトは心の奥に押し込めた。

軽く手を振ってエントランスまでの道を進んでいくを見送る。
そこでビッテンフェルトは、ある僚友の格言めいた一言を思い出した。




恋とは名将に挑む最前線のようなものなのだぞ?タイミングを逃すと艦隊壊滅の負け戦だ!




遠ざかる彼女を、殆ど無意識に呼び止めた。
振り向くに走り寄って、逃げられる訳でもないのに、
その華奢な手首を包むように掴む。

にとっては、軽い既視感だった。

、あの、今度・・・・どこかに出かけないか、二人で」




銀色の笑顔は、肯定の意味だった。




月は陰ることなく、肌寒い空気を研ぎ澄ませ、輝く。

友情と、不可解なもやもやした気持ちの間で揺れる、金色の少年と、
生まれて初めて、自分から恋を仕掛ける事に勇み立つ、黒色の青年、
恋は速攻、に成功した事をガッツポーズで喜ぶ、オレンジ色の青年を、

等しく、照らした。




_________





その頃。

警察に通報を終え、官舎に戻ろうとした砂色の青年は、
先ほどの現場で、ある拾い物をしていた。

「・・・・ピアス?」

銀製のシンプルな輪。
とっさにミュラーは、自分の両耳を触って確認する。
だが、今日つけていたのは銀製の珠型であったし、両方とも健在だ。
先刻まで一緒に居たオレンジ色の上官には、ピアスホールは無かったはずで。

そして輪の内側に、メッセージが彫られているのを発見した。

〜16th〜』




月は砂色の青年も、等しく照らす。











〜銀河後書き伝説〜瀕死編〜

やっと各馬ゲートインから一斉にスタートした感が。短編で無く続きもんで、5人もバトらせるのは初めて。収集つかないYO!
え?5人て?ハルト、ロイ、ビッテン、ミュラ、4人でしょ?
いやいやダークホースいますから。赤毛の。アレ。あいつ一番危ない。漁夫の利やってくれそう。
正直、ミュラーは諦めようかと思った、でも諦めなかった。だってモテたいじゃん!囲まれたいじゃん!

タイトルはフィンガー5でなく、キョンキョンの方でお願いします。
「なんてったってアイドル」とどっちにしようか真剣に迷った。大丈夫かな。
この辺まできたら最終的に誰とくっつくか見え透いてきた。痛い。ちくしょ。
まだまだ読んで下さる皆様を撹乱するぜ!昼ドラ上等。リスペクト愛ソレ