キャンディ☆キャンパス
3時限目:レストサムライ





担任は最後の最後まで、第二志望の東大を、強く勧めていた。
父親の後を追って、俺も将来は、官僚の道に進んで欲しかったらしい。

菊池、今からでも遅くは無いぞ、悪いことは言わないから。
お前には恵まれた学力があるし、お父上は外務省だろう。
ウチの高校は東大に強いし、お前なら確実に合格する。
な、どうだ、まだ願書に間に合うから、少し考え直して、な。

38人クラスの中で俺にだけ、7回も二者面談を施して、
担任は東大の赤本とパンフレットをしつこく俺に手渡そうとしたが、
高校3年の11月、担任の制止を振り切り、俺は防衛大学校の1次試験を受けに東京を出た。

菊池、オクスフォードなら9月入学だから、今からでも間に合うぞ。
お前ならきっと受かる、ウチは4年前にも1人、オクスフォードに出しているから。
先輩もいるし、お前は英語もできる。留学にも興味は無きにしも非ずだろ。
おい、菊池、考え直せ、防大じゃ外務省も大蔵省も遠回りだぞ、な。

担任は最終的に、命令と懇願が混ざった不思議な口調になっていたが、
12月、2次試験も終わって東京へ戻った俺には、
もう東大ともオクスフォードとも、何も言わなくなっていた。
全国模試でも予備校でも、防大はA判定以外を貰ったことが無い。
担任は俺が、確実に合格してしまうのを予知して、諦観したのだろう。

俺は、自衛官になりたかったのだ。

本当は高卒と同時に入隊試験を受けても良いくらいに思っていたが、
これはさすがに担任、両親、同級生の三方から批判を受けた。
中高一貫で、どこの大学へ入るかが価値となっている、進学校。
成績別に分けられたクラスで、A組の更に上、特A組の主席を維持する生徒が、
間違っても大学に行かないとなれば、学校の名に傷がつくとでも考えたのか。

菊池君、センター受けないって本当?まさか大学行かないとか。
冗談だろ、良い大学出ないと、今時どこにも就職できないよ。
もったいないよ菊池君、せっかく特A組の主席、6年間キープしてる内申があるのに。
そうそう、それに大学行かないなんてウチの高校の歴史に無いよきっと。

何とでも言わせておけと思ったが、流石に風当たりが厳しく、
両親に至っては、どこでも良いから願書を出さないと勘当するとまで言い出したから、
今の時代に勘当するも無いものだが、それなら一番の近道にと、防大に専願で願書を出した。
体育の成績も悪くは無かったし、厳しい規律も中高3年間の校則で慣れている。

しかし、願書提出の後、同級生の一言に、考えさせられるものが無かった訳ではなかった。

菊池君もストイックだよね、せっかく卒業して、この男ばっかりの場所から解放されて、
女の子のいっぱい居る大学にだって、行けるって言うのに。
防衛大学って、女の子も自由時間も少ないんでしょ。寮でしょ。きっと全然遊べないよ。

そう。俺の学校は、中高一貫の、男子校だったのだ。




まだ陽の高い4月の放課後、第6会議室のドアをノックすると、
どうぞと、中から普段あまり聞くことの無い、高く柔らかい声がして、
俺の緊張は、ピークに達していた。

洋介もここぞという時に意地が悪い。
担当の記者が若い女性であると一言、言ってくれれば良かったのに。
それなら俺は、断固として取材要請など受けなかった。例え学生長の指名でも。

正直に言う。
女の子と話すのは、とても緊張するのだ。

中学から男子校に入って同性に囲まれて生活してきた今まで、
女の子と触れ合う機会が、全く無かった訳ではない。
高校時代は、予備校には他校の女子が少なからずいたし、会話もあった。
防大に入ってからは、康平に合コンというやつにも連れて行かれた記憶がある。
しかし緊張だけは、どう誤魔化せるものでもない。

何人か女の子と付き合った経験があると言う、洋介や康平の話の中の、
例えば手を繋ぐとか、一緒に遊ぶとか、花火を見に行くとか、キスをするとか。
そう言う青春らしい体験談に、憧れが無い訳でもない。俺も男だから。
でも、いざ女の子の前に出ると、ちゃんと話せなかったり、考えがまとまらなかったり、
どうにも、上手くいかないのだ。
テストとか、発表とか、入試とか、儀杖隊の演技本番とか、
そう言う場所では、緊張など、簡単に飼い慣らしてしまえるのに。

マナー通りに会議室のドアを開けて、マナー通りに口上を述べた。
直立不動、気をつけの姿勢で、4学年菊池雅行学生であります、取材の協力に参りました。

すると何故か、さっきの柔らかく暖かい音で、くすくすと笑い声が聞こえた。
緊張で、在り得ない話だが、声が裏返りでもしたのかと思ったが、そうでは無かった。

「角松くんも尾栗くんも、同じ挨拶してくれたよ、礼儀正しいんだね」

ただ挨拶しただけなのに、礼儀正しいと言われたのは初めてだった。




一般教室より、少し小さなこの第6会議室は、
パソコンや作業用の長机と、応接用のソファ、低い机が運び込まれて、
応急ではあるが、記者室らしい作りにされている。
隅の机には給湯ポットとプラスチックの籠。中にはいくつかコップも伏せられていた。
少なくとも1年は使うのだから極力、居心地良くされたのかも知れない。
もしかしたらこれが元で、首相官邸や防衛庁のように、記者室が発足されたりしないかな。

「どうぞ、座って。コーヒーと紅茶とあるけど、どちらにしますか」

直立不動のまま、目線だけで部屋の様子を伺っていると、
優しい声に乗って、かちゃかちゃとコップを準備する音が聞こえた。

情けない話だが、この時点でも俺は、声のする方向を直視できていない。

こんなところで図々しく、飲み物を選ぶなんて、礼儀知らずかとも思って、
緊張したままの声で断りの言葉を吐き出してみたが、

「遠慮しないで、取材って話すからけっこう口の中乾くんだよ」

あ、オレンジジュースもあった、どれにしますか、と、また新たな選択肢が増えてしまった。
そう言えば洋介も、挨拶に伺おうとして断られたと言っていた。
俺たちは厳しい環境は生活習慣も同じだが、上げ膳据え膳には全く慣れていない。
気安く迎えられる事に、どう反応して良いか解らないのだ。

悩んだ末にコーヒーを選択すると、白いマグカップにカフェインの香りが漂って、
茶菓子のつもりだろうか、小さなチーズケーキまでついてきた。
ケーキは2つ。これは俺に食べさせたかったのか、それとも運んだ本人が食べたかったのか。
そして、暖かい紅茶の入ったカップも、俺の向かいの位置に置かれる。

「お忙しいのにありがとうございます、2時間くらいで終わらせるから」

そこで漸く俺は、目の前に座った柔らかい声の持ち主と、向き合った。




4日前、初めて会った時は、緊張で殆ど顔を見ることができなかった。
失礼な奴だと思われたかもしれないが、仕方なかった。
洋介、康平と話す、明るく暖かい声だけを、俺の耳が記憶していた。

そしてやっと今俺は、記憶の中で声だけしか無かった人物、サンと見合ったのだ。

長い髪は、窓からの陽を受けて艶々と光り、触れると柔らかそうだ。
俺も日に焼けにくい方だが、それ以上に白く、陶器のような肌。
睫毛が長く大きな瞳は、見られるだけで射抜かれたような心地になる。
ノートとペンを握った手指が、同じ人間かと思えるほど、細く、弱々しくも見える。
潤うように輝いた小さな唇が、薄くピンク色で。

「あ、もしかしてチーズケーキ、苦手だった?」

聞かれるまで、だいぶ長い間、見つめてしまっていたような気がする。
慌てて否定して、急いで視線を外した。
この場合気づかないのがおかしいくらいだが、俺の緊張に感づいたのだろう、
特に気を使って、気安く話しかけてくれているのが解って、
俺は何と、至らない。




取材は対談形式で行われる。
前半の質問は防大での生活や規律に関して、
後半からは友達や将来の夢といったプライベートな質問になるらしい。

洋介や康平は、一体何をどんな風に答えたのだろう。
先に第一次取材を終えた二人に、俺がいくら問い詰めても、
二人は一向に、その詳細を語ってはくれなかった。
二人の真意は解っている。ケチ臭くも、俺に予備知識を植え付けたくないのだ。
俺が弁論や討論に長けているからって、僻み根性も大概にして欲しい。

「最近の大学生活はどう?何かおもしろいことあった?」

柔らかい微笑みを向けて、揃えた膝にティーカップを乗せて、
さんは取材というよりは雑談に似た質問を、俺に投げかけた。

「は・・・・万事つつがなく、順調であります!」

俺は未だ、出されたコーヒーやチーズケーキに手も伸ばせておらず、
肩幅に開いた膝の上、握り拳を揃えて乗せている。手の平の中は、汗で湿っぽい。
対話する人物の、目を見ずに話すのは失礼だとも思うが、
俺の視線はさんの、ティーカップをつまんだ指先から、それ以上は上を向けない。
さんはしっかり俺を見ているのが解って。

どうしよう、俺、今きっと、顔が赤い。

女の人と話すのは。
無条件に緊張してしまうから。

それはもう、無条件に。




******




果たして俺は、さんの望むような応答を出来ただろうか。
退室した時、時計を見て驚いた。部屋に入ってから、2時間弱も経過していた。
俺としては、まだ10分も経っていなかったような気がしていたが、
それは緊張と混乱による、華々しい勘違いだったらしい。

さっきまで夕陽が燦々と、明日の晴天を予告するかのように空を染めていたが、
外に出ると薄紫色になった夕方と夜の境目が、東から月と星とを連れてきていた。
洋介たちは、もう入浴を終えてしまっただろうか。
風呂に入れないのは嫌だ。早く行かないと夕食が始まってしまう。

そして俺は、自分の中の、ある異変に気づいた。

未だ、緊張が続いているのだろうか。
鼓動が、早鐘を打ち続けている。
もう取材も終えたというのに、余韻だろうか。
頬が、火照る。きっと赤くなっている。

もうその人が、目の前に居るわけでもないのに、
俺の鼓動は、頬が、手の平が、まるで目の前に対峙しているかを続けている。

女の人と話すのは、無条件に緊張してしまうから。
それはもう、無条件に。




では話していないのに高鳴り続けるこの鼓動は。




何と言うのか。




     




〜ラブの後書き研究所・深夜枠

NAN☆ZAN!難産です。もうびっくり。双子か三つ子か逆子だと思った。でも意外に卵で生まれたよ、みたいな難産
こんなに手をかけさせおって!菊池のくせに生意気だな!ううん、愛情の重みは時間に比例すんの。菊池、好きすぎた

菊池の外伝が、出ませんように出ませんように出ませんように!!!こんだけ呪っとけば何とかなるかな、なんねえよ
勝手気ままに菊池の生い立ちを書き綴ってしまった。どうしよう、オフィシャルで北国に住む大家族とかだったら。
そん時は、褌締め直して自決をも辞さない覚悟に御座います敬礼!書き直せばいいか、うん、ごめんなさい、本当に。

菊池、都内の庭付き1戸建て一人っ子。親父は官僚、ママは主婦。中高一貫の超進学校。もち黒ランですが何か。
顔が良いからそこそこモテるのに22にしてチェリーな気の毒青年。ヤラハタ?上等じゃん!むしろ菊池じゃん!

もう一方連載中のジパ夢、「君マ!」に比べて、こっちはキッチュにライトにテリブルに書いてるからかな、
22って歳を差し引いても、キャラ全員を子供っぽく書きたくて仕方ない病のキャリアです。いや既に末期か?