君はマーメイド!
act.5〜潮風のアイデンティティ〜





出港4日目深夜。

事件は起きた。

レーダーは僚艦を見失い、
落雷に似たショックが艦体を襲い、
6月のハワイ沖に雪が降り、
新月だった月が、たった1日で半月に変わった。

大艦隊、そして戦艦大和とすれ違い、
みらいは、ミッドウェー会戦の只中に、単身、投げ出された。

まさか、こんなことが起こるとは。
みらいの乗員の誰しも、他人の言を、そして自らの心を疑う。
それでも朝日は昇る。

20××年。否、
1942年6月5日の、朝だった。




戦艦大和と思われる艦影と遭遇してから、
も片桐も、殆ど睡眠を摂らずに、
カメラを抱きしめて、艦内を縦横無尽に走り回っていた。
幹部数名を除く全科員が、未だ混乱に溺れていても、
幸いにと片桐は、従軍ジャーナリストだ。
幹部や科員のように、みらいの行く末を案じ思考するという仕事の前に、
この不可解な状況をフィルムとデータと取材ノートに、焼き付けておくのが仕事だった。
何か仕事に忙殺されていた方が、心の平静を保てる、というように、
身体が無意識のうちに動いているかのようにも、他人には見えた。

ありったけのメモリーカードをポケットに詰め込んで、
付け替えのレンズを持てるだけ持って、
片桐とは、会議する幹部を、情報を探すCICを、額を合わす科員を、
隅から隅まで、撮り潰していった。
は、容量不足になったメモリーカードを、入れ替える作業を何度も行った。
片桐は、取材ノートに書く所が無くなって、ノートパソコンを起動した。




こんな事件が起きた後でも、いつもと同じように朝は来た。
1942年、6月5日の早朝の科員食堂は、朝食の準備の香りが漂い、
ぽつりぽつりとまばらな人影も見える。いつもの早朝だ。
しかし、たった一つ違うのは、その雰囲気だった。
昨日まで、陽気で活気溢れる課員たちが、雑談を交えて明るい空気を流していたそこは、
今日の朝は、1晩経って多少混乱は落ち着いたものの、神妙な息遣いが響く。

いつもなら科員たちに混じって座の中心を賑わす、尾栗航海長や、
その近くで雑談に加わる角松副長、菊池砲雷長の姿も見えない。

が寝不足の目をこすり、撮影に疲れきった身体に一息つこうと、
椅子の一つに腰掛けたとき、向かいから片桐の明るい口調が降り注いだ。

「オハヨ、。何かイイ絵は撮れたか?」

この状況でイイ写真などと言ってる場合では無い、と言う者はジャーナリストでは無い。
は片桐の記者根性に多少救われた気がしながら、ポットからコーヒーを注いだ。

「おはようございます片桐さん。
 データ、パソに移したんですけど、大和の艦影は、かなり鮮明でしたよ」

「お、イイね、後で見せてくれよ、俺あん時は中に居てさ、出遅れたな」

「記者は運も実力ですから、艦橋に居てラッキーでした。片桐さんは?」

「・・・・幹部の会議、隠し撮ろうとして、締め出された」

「はは!パパラッチ魂はここでも健在ですね!」

若い片桐が、まだフリーではなく編集部のカメラマンだった頃の話は、
駆け出しのでもよく耳にしている。
その話の多くは、片桐本人から聞いた、大げさに誇張された武勇伝だったが、
芸能人の隠れホテルに、2週間張り込んだ話、
会員制の賭博場に身分を偽って忍び込み、危うく命をとられそうになった話、
非合法の堕胎専門医を尾行して、大物女優のスキャンダルをスクープした話など、
嘘か本当か判別つかぬまでも、は楽しくその話を聞いた。
こんな天才パパラッチに、お偉いさんは何で賞の1つや2つ、くれないんだろうなあ。
そのため息は、耳にタコができるほど聞いても、未だにを笑わせる。

片桐は、手近の灰皿を引き寄せ、撮影の合間のささやかな一服に入る。
もその向かいで、湯気昇るコーヒーにミルクと砂糖を注いだ。

湯気に似た、白い煙を吐き出した片桐が、
珍しく重厚な言葉を紡いだのは、その時だった。




「・・・・なあ、・・・・お前、この状況をどう思う?」




一言にどう思うと問われても、何も返せなくなるような、緊迫した質問だった。
記者として、記録を優先することに忙殺されるふりをして、
心に無理をしながら忘れていた、混乱と悲壮の2語を、は思い出した。

みらいは、1942年の中にある。
携帯を見ても、インターネットを開いても、
笑顔で送り出してくれた編集部や、同僚、家族や友達には会えない。

そればかりか、意気込んで取材したり、写真を撮っても、
評価してくれるデスクは、この場所には無くなったのだ。どこにも。




「・・・・わかりません」




頭の中で色々な感情が、嵐のように暴れまわる中、漸くその一言だけを返した。

「俺もさ。でもな・・・・俺は、昨日1日で、1つだけ考え付いた事があるんだ」

文章の端々に、必要以上に「」の単語を織り込んで、に呼びかけるその話術は、
片桐が従軍ジャーナリストであると同時に、経験豊かな記者であることを物語っている。
名前を呼ぶ事で、聞き手の不安を、少しでも落ち着かせようとの話法である事は、
新参ではあるが、同業者のにもよく解っている。
しかし手の内が知れても、片桐の優しさは、には充分以上に伝わった。

、俺たちは、従軍ジャーナリストだよな」

単語の1つ1つを区切って、の頷きを待つように、片桐は話す。
これもに混乱を招かないようにする1つの話法であると、は既に知っている。
でも、何も言わず、ただ頷くだけしかには出来なかった。
コーヒーカップを握り締めた両手が、小刻みに震えていた。

「この不可解な起きたみらいには、200何人の人間が乗艦している、
 でも、従軍ジャーナリストは、俺たち2人だけしかいない」

片桐の煙草が、長い灰の棒になって、灰皿に落ちた。

「解るか、。1942年にも記録兵はたくさんいるだろうさ、
 でも従軍ジャーナリストは、俺たちしか、俺たち2人しかいないんだ」

片桐は、もうフィルターだけになった煙草を、未だ消さずに持ったまま、
の両瞳を見つめていた。煙草を持っている事すら、忘れているようだった。

「昨日パソコンを起動して気づいた、ネットを開いても、メールを出しても、
 俺たちの写真や取材を受け取るデスクは、ここにはどこにも無い。

 でもな、

 それでも。




 俺たち2人は、真実を記録しなきゃいけない、従軍ジャーナリストなんだよ。




「・・・・あ、熱ちっ!やばい、灰が!」

限界まで長くなった煙草の灰が、片桐の指先とジャケットを少しだけ焦がして、
優しく真摯な言葉は、幕を余儀なくされた。
思いの外、強く握り締めていたらしいコーヒーカップから手を離すと、
いつのまにか震えは止まっていたが、力を入れていた指先が、白くなっていた。

色々な感情で許容量を越えていた頭の中も、なぜかすっきり落ち着いている。
小さい頃、長い間飼っていたペットが、死んでしまった。
3日間、叫ぶように泣き通して、涙も枯れた4日目の朝。
カーテンを開けて、差し込んだ朝日を見たときの、あの感情に至極似ていた。

「・・・・ありがとうございます、片桐さん」

が、ゆっくり努力するように笑うと、片桐はまたいつもの調子で、

「何だよ、礼なんか言われる事なんて、してないのにさ」

その言葉中には、もうを呼びかける単語は無かった。
も、もう名を呼ばれなくとも、凪いだ気持ちを取り戻していた。




カメラを抱いて、レンズを提げて、と片桐は、
朝食までの時間を再び、混乱冷め遣らぬ艦内を疾走する。

水平線を見張る艦橋を、画面に目を光らせるCICを、
1942年の中で、それでも平成を生きる乗員達を、そのフィルムに、瞳に、焼き付ける。

シャッターを切る度に、は思った。




わたしたちは、従軍ジャーナリストだ。




そして、午前6時5分。

爽やかな朝の潮風に乗って、CICから剣呑な音声が響く。

『正体不明機、接近!143’時速100!』

ここが紛れも無く、1942年であることの、
証明のような音声だった。




    




〜後書き、玉砕〜

マイリスペクトオブ不肖・宮島かぶれすぎた。ハイ、見事な玉砕ですね。日いずる国の英霊となれねえかな、なれねえよ

つーか原作読んでて思ったんだけど、片桐のモデルってリスペクトオブ不肖・宮島じゃね?違う?
逆ハーの出馬メンバーにする気は1ミリもありませんが、片桐さんのかっこよさに気づいた2005春。

タイムスリップ後のヒロインに、どうにかこうにかアイデンティティ保って欲しくて、
同業ってことで出演いただいた苦肉の策が、まさかこんなに発熱するとは。創作ってわからんね。常に瓢箪から駒
今回のイイ仕事ぶりに、今後もネチネチとご出演いただこう。ヒャッハー画面埋まるぜ。ネタ貧乏だもんこの害虫
あ、ちなみにこの害虫は、従軍だの海自だのキャッキャ言ってますが、右でも左でも無いから。ご安心の程を。

これも銀英書いてる時には必要ない不安なんだけど、なまじ海自と海軍が舞台なもんでね。
その辺、この害虫の個人的主義主張が文中に表れないように、ネガティブマッハで気ィ使ってんだよこれでも
ジェンダーフリーのから生まれた無境界生物だからねこの害虫。その辺は妙にセンシティブ。殺虫剤とかやめてください

自衛隊の災害救助には尊敬している、クサレビッチ辻本清美は早く死ねと思っている、
天皇(陛下なんて呼ばないぜ)は象徴でいいじゃん、社会主義は流行んねーよ、戦争は嫌い、でも軍は尊う。
矛盾に満ち満ちたバカの壁です。とるに足らない無知な害虫です。それでも主義は捨てられない。若いからかな。今年21歳。