君はマーメイド!
act.11〜切なき渦潮〜





艦長の、その言葉を聞いたとき、
俺は一瞬、自分の耳を疑ってしまった。




森三尉の部隊葬が終わった、昼過ぎ。
俺と康平、洋介は、艦長に招集された。
召集の理由は、3人とも薄々感づいていた。

草加の同行の下に行われる、補給作戦。
その同行者の指名だ。

まさか副長が艦を降りる事にはならないだろうし、
康平は良くも悪くもあの性格だから、適さない。
俺は何となく、自分が選ばれるような気がしていたから、
艦長の口から洋介の名が呼ばれたとき、少しだけ意外に思った。

そして、話の最後。

艦長の、その言葉を聞いたとき、
俺は一瞬、自分の耳を疑ってしまった。




「・・・・それから、記者も、同行者として指名する」

まるで簡単な問題を説くように話された、その重大な言葉に、
もちろん驚いたのは、俺だけではなかった。

「か、艦長、それは、どういう、」

戸惑い、つっかかりながらも、
最初に疑問と進言の混ざった言を述べたのは、康平だった。

「・・・・君たちも解っているとは思うが、この艦には記録員がいない」

内容を聞かず、声だけを聞いていれば、
その口調は、晴れた昼下がりに相応しい、のどかなものだった。

「角松、決して君を軽んじるわけでは無いが、今の私たちにとって情報は貴重だ、
 そう・・・・命をかける価値がある程にな」

命をかける、のところで、半瞬だけ言葉は止まった。
誰の命が、あの小笠原で、情報の代償として支払われたのか。
その価値は、重たすぎるほどに明らかに、今、みらいを包んでいる。

「21世紀に戻れないとは思っていない。
 だが、私は、すぐには戻れないかもしれないとは、思っているんだ」

もしこのまま、何ヶ月も、戦時の海を漂流する運命にあれば。
未来の最新護衛艦とて、帰港、上陸無しには、呼吸できない。
今回の補給作戦が、その必要性を持って、それを証明している。

しかし。

「し、しかし!だったら何も記者でなくても!危険です、若くて、女性なのに」

康平は、俺たち3人の疑問と反論を、代弁するかのように言葉を繋ぐ。
その熱しやすい康平を、宥めるようなのどかな口調で、艦長は続けた。

「私もそれは、考えた。・・・・だがな、」




 もし、万が一、昨日のような事故があった場合。
 記者として残されるのは、果たしてどちらであるべきだと思う。




専守防衛の、灯台でありながら、やはりこの人は。

武器を手に、
部下を任地へ送り出す、
軍人だ。




******




窓が無いので、空は見えないが、
もう西日がオレンジ色に海を照らしているだろう、夕刻。

部屋のドアが、優等生が職員室の戸を叩くような、
そんな音はその人しか使わない、かすかなノックを響かせたから、
珍しくベッドに横になって、軽いまどろみを享受していた俺は、
慌てて飛び起きて、衣服と姿勢を正した。

「どうぞ」

俺が許可の言葉をドアに向けると、やはり、さんが、
予想した位置よりも、かなり低い場所から頭を覗かせたので、
俺はあらためて、彼女が俺より、かなり小柄だった事を思い出す。
ついでに昨日の、不整脈を起こさせるような記憶まで、思い出しそうになって。

「どうした、取材か?」

適当な言葉を吐いて、無理矢理、それを頭から追い出した。

「いえ、そうでは無いんですけど・・・・今、お休み中でしたか?」

さんは部屋の真ん中くらいまで来て、
俺を気遣う言葉をかけた。
非番なのだから、別に、休んでいようと何をしていようと、
咎められる謂われは無いはずなのに、

「いや、別に、大丈夫だ」

働いている以外の俺を、見せたく無いと思ってしまった。
ガキか、俺は。




このまま立たせて話せば、まるで俺が、昨夜片桐が言ったように、
さんを呼び出して説教をしているような形になってしまうので、
この部屋に唯一ある椅子を薦めた。
礼を言って座った、その姿に、
何となく、寂しさに似た感情が起きる。

昨日はあんなに近く、体温を感じたのに。

たった3歩離れた距離に座る、その存在が寂しいなんて。
本当に、何だ、俺は。大人気無い。

座って、俺に向き直るさんは、あんなに流した涙の跡も消えて、
長い睫毛に囲まれた大きな瞳が、今日も俺を射抜く。
少しだけ、喉を痛めた声だけが、昨夜を漂わせながら、俺の名を呼んだ。

「菊池さん、あの、昨日は、ありがとうございました」

謝して頭を下げたとき、細く柔らかかったその髪が、耳元から垂れ、
その感触を思い出して、一瞬、言葉に詰まってしまった。

「・・・・いや、俺は何もしていないから」

それは謙遜でなく、弁明に近いと感じるのは、
俺にどこか、後ろ暗い所があるからなのだろうか。

「みっともない所をお見せして、恥ずかしいです、子供じゃないのに」

みっともない感情を抱いたのはむしろ俺だし、
ガキじみているのも、どちらかというと俺の方だ。
たった3歩の距離が、異常なくらいに、もどかしい。

「少しは調子を取り戻したようで、安心したよ、良かった」

後ろ暗さは未だ尾を引くか、また、昨日のような優しい声が、
無意識に喉を通って、俺は今、顔が笑っているんじゃないだろうか。




そこで俺は、今夜からの補給作戦の事を、漸く思い出した。

第一に覚えていなければならない事柄のはずなのに、
3歩離れて座る小さな姿が、それをすっかり忘れさせていた。
この大きな瞳に、華奢な肩に、細い声に。
一体、何の力があると言うのか。

「・・・・さん、補給作戦同行の話は、もう・・・・?」

何と聞けば良いか解らなくて、言葉を濁す、否、
何を聞きたいのか解らなくて、言葉が整理できなかった。

「はい、部隊葬が終わってすぐ、艦長から」

俺たちの召集にタイムラグがあったのは、
どうやらさんを先に召集していたせいだったらしい。
意外に簡素に答えた語調は、既にその危険性を充分に悟っている。
艦長に、情報は命をかける価値があるとでも言われたのだろうか。
情報を金銭に換える、記者の彼女は、
俺たちよりも、それを深く理解しているだろう。
昔読んだ、何かのドキュメンタリを思い出した。

若いジャーナリストが、前線の戦地で任に就く。
人を殺める武器は持たず、カメラという武器を持ち、
地雷の畑を走りぬけ、命の画像を焼き付ける。
その本の最後は、そういえばどうなったのだっただろうか。

「片桐さんと、一緒に呼ばれて、でも、指名されたのはわたしでした」

主人公のジャーナリストは、毎日、両親や友人に手紙を書く。
両親からの返事の、最後はいつも、生きて下さい、危ない事はしないで下さい。
その手紙を読んでまた、カメラを握り締め、砲火の海を走る。

「指名された理由は解っています、この仕事の重要さも」

ジャーナリストは日本生まれの日本育ち。
戦地は中東だったか、中身も外見も、完璧なマイノリティだ。
毎日、弾丸の雨を浴び、毎日、隣人が死んでいく。

その本の、結末は。




「菊池さん、

 不安になるのは、いけない事だと思いますか」




大きな瞳と、視線が合った。
瞳の中に、俺の影が映っていた。
まるで、カメラと向き合っているようだ。
この艦に乗ってから、幾度と無く向けられた、視線とレンズ。

両親からの返事の、最後はいつも、生きてください。危険な事はしないで下さい。

しかし。

行かせたく無いと思うより、ずっと前から、主人公はジャーナリストなのだ。




「・・・・不安になるのは当然だ、そんな事を言われれば、俺だってきっと悩む」

喉の、すぐそこまで出かかった言葉を、
必死に飲み込んで、当たり障りの無い慰めを吐いた。
飲み込まれた言葉は、それでも心臓のあたりに濁って沈殿し、
俺に、もやもやとハッキリさせない感情を渦巻かせる。

俺の、何の心もこもらない陳腐な慰めに、
しかしさんは、ほっとしたようなため息を一つだけ零して、

「・・・・ありがとうございます」

不安そうな顔からゆっくりと変わる笑顔は、
果たして本心から笑っているのか、無理に努力しているのか。
記者の笑顔は、俺にその真意は読み取れなかった。




陽は完全に水平線へと姿を隠し、空は海と同化する。
作戦開始予定は、マルヒト、マルマル。

1秒ずつ傾いていく、腕時計の秒針に、
後悔に似た感情が、何度も心臓を冷たく撫で、
しかし、何への後悔なのかは、結局最後まで解らなかった。




    




〜後書きか、うむ、まあよかろう〜

全然よかろくない。2作続けてオールバックです。バックオーライ!もうお前下がれ!人生という名の舞台から!死ねと?
ハイ、この展開があるから前回の眼鏡、無意味にイエローもんのプッシングしたのね。ヒロイン、シンガポール行き。
次回は草加が笛もんのチャージングな予定なので、今回も眼鏡パワーチャージでガソリン満タンファインオケー!
ほんと、各馬仲良く1頭ずつネチネチネチネチ前進させるこの作業。F作業もびっくりの太公望です。つ、釣れないよ!

いつも逆ハーのヒロインを作って出すときには、「よっしゃ!鬼のようにモテて来い!」と送り出すのですが、
今回、発言数は多いわ内外面固定するような描写が多いわで、本気でネガティブ、不安になるのはいけない事だと思いますか。いけねえよ!死ね!
嫌われないよう四苦八苦。いや、七転八倒かな。とりあえず緑色のゲロ吐く害虫は今日も爽やかに元気です!さあ!病院へ!

梅津艦長は大好きなのですが、今回は冷たい合理主義者を装ってしまいました。ごめんなさい。さあ!病院へ!
人間味暖かで人生深い良い人だとは思っていますが、どこかやっぱ怜悧な一面があると思うよ艦長だもん。よかろう。

ハイ、こここここ今回のハハハハハハイライトー。テーマ。図々しくもちょっと気に入ってるところ。1個しか無いけど。
菊池が思い出すジャーナリストのドキュメンタリ本。その主人公とヒロインをだんだん混ぜて、最後にリンク
ヒロインの発言の合間に、本の内容を思い出す菊池の独白で、2人の記者(主人公とヒロイン)を、ゆっくり融合させてく。
読み手に感情の想像を丸投げにする、この手法はちょっとずるいなもう使いません。ごめんなさい。さあ!病院へ!

眼鏡のラブダイヤモンドハートに、もうちょいファイアー入れても良かったかな、と今プチ後悔。まあ良いか。続くし。
次回、草加に甘やかされたいかー!おー!されたい!この害虫はされたいよ!誰か!甘やかして!病院へ連れてって!